第2話ああ、勘違い

 翌日、登校するなり、親友――というか、悪友の久保に声をかけられた。
「葛西。昨日は大変だったなー」
「見てたのか?」
 口振りからして昨日の騒動を知っている風だったので訊いてみると、あっさり頷いた。
「うん。お前がK.Oされるとこ、ちょうど見てたしな」
「助けろよ!?」
「無理。あんなとんでもなく強い子相手に、どうやって」
「ぐぬ」
 確かに、あの子相手じゃ普通の人は適わないだろうなあ。
「保健室に運んでやったんだ、それで勘弁しろや」
「久保が運んでくれたんだ?」
「まあな。でも、正確にはお前をノックアウトしたあの子が周りに声をかけて頼んだんだよ」
「あの子が?」
 それは意外だった。俺をノックアウトした時のあの冷ややかな瞳からは、とてもじゃないが、そんなことをしてくれそうには見えなかったから。
「そうだよ。倒れた葛西を見下ろしながら、ポケットから紙切れを取り出して中を見た途端、真っ青になってさ。凄く慌てて周りの野次馬に声をかけたんだ。『誰か! お願いします! この人を保健室へ運んでください!』って」
 それを聞いて、俺は首を捻った。
 わけがわからない。
 わざわざ叩きのめした相手を真っ青になってまで心配して、保健室に運ぶようにお願い死する、その考えが。
 その『真っ青になって』というのが、なんかありそうなんだけど、それだけじゃなあ。
「ま、とにかく、災難だと思って忘れたほうがいいんでないの」
「そうしたいのは山々なんだけどねえ」
 昨日の、保健室での会話。
『後日、改めて謝罪に』
 だとすると、否が応でもあの子に会うことになるわけで。
 ――ノックアウトされるのは、二度とご免です。
 
 それでも、いずれは会うことになんだろうなあ、なんて思ってたら。
「こ、こんにちは……」
 校門のところで待ち構えてました。
「イ、イヤ、どうも……」
「は、はい……。その、昨日は大変な失礼を……」
 昨日とは打って変わって、やけに大人しい姿に毒気を抜かれながら、俺は何を言うべきか迷っていた。
 ――文句を言う? それとも普通に会話する?
 どちらを選ぶべきなのか――逡巡していると、少女は困ったようにそわそわし出した。
「? どうかした?」
 どうしたのかと声を掛けると――いきなり少女はキッと顔を上げ、俺の手を掴んだ。
「へ?」
「一緒に来て!」
「へ? うわあああああああああああああっ!!」
 手を掴んだまま走り出した少女に引きずられるように、俺も走る羽目になった。
 ――この子、走るの速いよぉ!

 俺が連れていかれたのは、学校の裏手でひっそりと営業している和風喫茶――というか、茶屋だった。
「よく、こんなところ知ってたね」
 他校生が知っているような店じゃないし、年齢的にも来るような店じゃない。
「私、こういうお店が好きだから……。色々とチェックしちゃうの」
 はにかみながら目を細める少女に、一瞬ドキッとしてしまった。
「そ、それで、ここに連れてきたのってなぜ?」
 妙に浮つく心を押し殺し、運ばれたお茶を飲んで一息つく。
「ええと……。それはもちろん、あなたに謝るため」
「ああ。やっぱり。昨日のことだよね」
「ええ。――葛西くん」
「ん?」
 少女は姿勢を正すと、ゆっくりと頭を下げた。
「先日は、本当に申し訳ありませんでした。こちらの早とちりで、無関係なあなたに多大な迷惑をおかけしてしまい……。怪我などで掛かった費用は請求してください。全額お支払いしますから」
「うん、まあ、怪我自体はたいしたことは――って、ちょっと待ったあっ!」
 頷きかけて――聞き捨てならないことを耳にし、ストップをかけた。
「はい? どうかしましたか?」
「『どうかした?』じゃなくてさ。今、君、『無関係な』って言ったよね!? 何、やっぱり俺は全くの無関係!?」
 冗談じゃないぞ。
 全然関係ないのに、ノックアウトされたっての、俺!?
「ごめんなさいっ。実はその通りですっ」
 うわいっ、やっぱりその通りぃ!
 あっさりと認めて頭を下げる少女に、俺は机に突っ伏した。
「事情……説明してくれるよね……?」
 それだけを言うので精一杯だった。


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