19話 牡丹の間

 鼓さんと喧嘩別れしてから数日。
 痛みも気分も落ち着いてきた。
 本人からは全く音沙汰ないし、俺も連絡する気もないからどうでもいいけど。
 ただ、事情を知る堺先輩や相模先輩からは連絡が来たり会いに来たりしたので、気持ちは伝えておいた。
 二人とも『仕方ないかな』という感じで、俺と鼓さんが喧嘩し続けている現状は、諸手上げて賛成できないようだった。
 ――そんな「仲直りしろよ」という顔されても困るんですけどね、先輩。

 大和川さんから連絡が来たのは、そんな時だった。
『やほ、葛西君。ご機嫌はいかが?』
「……正直よろしくないね」
『でしょうねー。けど、よろしくない時に悪いんだけど、ちょっと相談に乗ってくれないかな? できれば、力も貸してほしいの』
「相談内容による」
 素っ気なく言った。
 どう考えても鼓さん関連に違いないから。大和川さんが俺に連絡してくるなんて、それ以外にないから。
『多分、気に入らない相談内容だと思うんだ。でも、そこを曲げてお願いしたいの』
「嫌だと言ったら?」
『それでもお願いしたい。もし葛西君が望むなら土下座くらいならするよ。……どう?』
「……わかった。大和川さんに土下座させる理由がないからね」
 仕方がない。大和川さんは本気だ。俺がしてみろと言ったら、躊躇わずに俺の前で土下座するだろう。
『ありがとう。葛西君は優しいね。ええとね、電話じゃ何だから、会って話したいんだ。地図をメールするから、それに従って今から来て。そこで話そう?』
 ほっとしたんダろう、大和川さんの声も緊張が解けたものになっていた。
「了解。待ってる」
『うん。あ、久保君もお願い』
「おっけ」
『じゃあね』
 切れてすぐ、地図がメールされてきた。
 ……見覚えのない場所だな。
 まあ、いいか。
 俺は久保に電話をかけ、大和川さんの件を伝えると、二つ返事で了承してきた。
『お前と鼓さんが喧嘩しているのはよくないと思ってたからな』
「その相談とは限らないだろ」
『だとしても関わっていくのはいいことだろ』
「へいへい」
 正直、鼓さんと話をしたいとは思わないんだけどね、俺は。

 駅前で久保と待ち合わせ、メールの案内図に従って指定された場所へ。
 ――で。
 着いたことは着いたんだけど……。
「え……と。ここなはずだけど……」
「葛西、本当にここか? 何かの間違いじゃ……」
 久保の疑念の声に、ディスプレイに写された地図を確認。
 住所も近くの電柱に示された物と比較。
 間違いない。大和川さんから送られてきた地図の場所は――ここだ。
「久保、間違いない、ここだよ、指定された場所は……」
「マジかよ……」
 久保は眼前の建物を横目で見つつ、口を引き攣らせた。
「残念ながら、マジだね……」
 俺もその建物を見上げながら、ため息をついた。
 目の前にででん、と構えているのは、由緒正しそうな巨大な日本風家屋。
 外からでも見える広大な日本庭園。
 立派過ぎるほどな門に、小さな看板。
【黒檜】と達筆で書かれた――料亭だった。
「こ、ここが待ち合わせ場所だとしてさあ。俺たち、入っていいの、こんなこと……」
「だ、だよな。ど、ドレスコードだっけ、そういうのあるんじゃないの、こんな料亭……」
「葛西、俺、チノパンなんだけど」
「俺だってジーパンだっての」
 入ったところで追い返されるのが関の山なんじゃなかろうか。
 俺たちが逡巡している間に、一台の高級車がスーッと入っていく。
 そうだよ、ああいうのに乗る人が行くとこだろ、こんなところは。
「なあ、葛西。大和川さんに、もう一度確認したほうがいいんじゃないか? 間違いって可能性もあるし……」
「そうだな、そうする」
 そうだ、その可能性はあるんだ。
 ……というか、そうであってほしい。
 電話をかけると、すぐに大和川さんが出た。
「もしもし」
『あー、葛西君? どうしたのよ、遅いじゃない。道に迷った?』
「一応、地図の場所には着いた。【黒檜】っていう料亭に』
『何だ、着いてるんじゃない。だったら早く中に入ってきなよ。【牡丹の間】にいるからさ』
「あのさ、本当にここでいいの? 間違ったりしてない? すっげえ場違いな気がするんだけど……」
 どう考えても、高校生が入っていい場所じゃないように思えるんだけど。
『平気よ。でもま、二の足踏む気持ちもわかるから、ちょっと待ってて。案内するから』
「ああ、悪い、お願い」
 大和川さんが案内してくれるなら、大丈夫だろう。
 電話を切ると、久保がすぐに訊ねてきた。
「何だって?」
「ここで間違いないって。ただ、俺らの戸惑いもわかるから、迎えにきてくれるってさ」
「そりゃ助かった」
「全くだ」
 二人して安堵のため息を吐いたとき、和服姿の若い女性が姿を見せた。
「葛西様と久保様でよろしいでしょうか?」
「あ、はい、そうです」
「お待たせいたしました、ご案内致します」
「ど、どうも……」
 てっきり大和川さんが来てくれると思ったんだけど、まさか店の人とは。
 門を潜って玄関から中に入り――固まった。
 テレビでしかお目に掛かったことがない内装。
 花や壷やらが行儀よく置かれ、そのどれもが『高いんだぞ、文句あっか?』という雰囲気を発している。
「どうかなさいましたか?」
「な、何でもないです」
「ちょっと驚いちゃって」
「そうですか」
 きっと俺たちのような反応には慣れっこなんだろう。女性は軽く頷いただけで、特に何も言わなかった。
 女性が足を止め「こちらでございます」と示してきたので見上げると、【牡丹の間】と金字で書かれていた。
 ……ここか。
「大和川様。ご友人をお連れ致しました」
「ありがとー。入ってもらってー」
 返ってきた大和川さんの声。
 さて、どんな相談かな。
 ま、予想はつくんだけどね。


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