18話 説得……?

 痛む腹部に苦しめられながらも、俺は登校していた。
「葛西、大丈夫か?」
「何とか生きてる。昨日、夕飯食えなかったけど」
 あの重い一撃を喰らって、気絶しなかっただけでも自分を褒めてやりたい。
「凄かったもんなあ、鼓さん。正直怖くて近寄れなかったぜ」
 久保は今思い出しても震えると、実際に体を震わせた。
「ああ、マジで怖かったな。『激怒』のオーラが吹き上がってたもんな」
 殴られたからか、より彼女に対しての恐怖がある。
 が、それ以上に。
 彼女――鼓さんに対する怒りが大きい。
 確かに、鼓さんの好きだという前原に対する悪口になってしまったから、怒らせてしまったのはわかる。
 だが、殆んど問答無用で殴られる覚えはない。
「葛西は言い過ぎたのは間違いないけど、間違ったことを言ってないのも本当だしなあ」
「……言い過ぎたことは反省してるよ。いくら何でも、好きな男の悪口言われたら、怒るのは当たり前だ」
「まあ、そだけど。でも、鼓さん、いきなり実力行使はいかがなものかと」
「それだけドタマに来たんだろ」
 素っ気なく言い、俺は肩をすくめた。
「で、どうすんだ、これから」
「別に。どうでもいいってのが本音」
 そう言うと、久保が訝しげに眉をひそめた。
「別にって、お前。怒るのはわかるけど、いいのかよ?」
「いい。殴られた上に『最低』呼ばわりされてまで鼓さんのことを構う気はないよ」
「……まあ、仕方ないか。わかった、葛西がそれでい言ってんなら、俺もいい。放っておこう」
「ああ」
 久保は俺に同意すると、席に戻っていった。
 ちょっと意外だ。碧野女子の子と仲良くなりたいと騒いでいたから、もっと言ってくるかと思ったんだけど。
 ま、いいか。
 勝手にやってくれ、もう。

 私は、むすっとした顔で教科書と睨めっこしている桜華に、出来るだけにこやかに話しかけた。
「桜華ー。そんな口をへの字に結んでると、可愛い顔が台無しだよー?」
「いきなりのご挨拶ですね、ユリちゃん」
「あんたと私の間でしょ。気にしない気にしない。これがコミュニケーション、気の置けない友達ってやつ」
「もう。……それで? 何の用です?」
 苦笑し、桜華は教科書を閉じて小首を傾げた。
「何の用? じゃないわよ。葛西君のことよ」
「……彼のことなんて聞きたくありません」
 僅かに笑みを見せたのも一瞬、再びムスッと不機嫌になる桜華。
 しかし、ここで「はい、そうですか」と引き下がるわけにもいかない。
「あのねー。そんな駄々こねるんじゃないわよ。ちゃんと謝らないといけないでしょうが、彼に」
「!? 何で私が葛西君に謝らないといけないの?」
「殴ったでしょうが、彼を」
 何を言ってるんだと思う。
 武道を嗜んでる桜華の一撃。あれをまともに喰らって気絶しなかっただけでも、葛西君は賞賛に値すると思う。
 ただ、葛西君はあの日、ちゃんとご飯は食べられたのだろうか?
「!! 確かに中段突きを放ちましたけど。でも、あれは葛西君が前原さんの……」
「ちょい待ちって。尾行したこととか怒るのはわかるけど。少なくとも、それについては私が悪いの。言い出したのは私。葛西君は付き合ってくれただけ」
「……それについてはわかってます。私が言いたいのは――」
「だからちょいと待ちなさいって。早とちりしないの」
 私は桜華を遮り、肩をすくめた。
「え?」
「私が言っているのは、葛西君を殴ったことについて言ってんの。あの大学生の悪口を言ったことに、あんたが怒っているのは当然と言えば当然だから何も言ってないでしょ」
「あ……」
 ようやくそれに思い至った、と桜華はポカンと口を開けた。
 全く、もうちょっと冷静になりなさいよ。
「理解できた? で、葛西君には謝る気はあるんでしょうね?」
「う……。そ、それは……。確かに悪いとは思います。けど、葛西君が前原さんの悪口言ったことを謝ってくれない限り、私は」
「まあ、それは仕方ないとは思うけど。でもさ、はっきり言わせてもらうけど、桜華?」
「はい?」
 首を傾げた親友に、私ははっきりと言った。
「葛西君が前原に抱いた印象――私も同感なの。確かに悪口になったとは思うけど、間違ったことは言ってないと思う」
「え!? ユリちゃんまでそんなことを言うんですか!?」
「だって。正直な感想だもの」
「そんな……」
 私からもそんなことを言われるとは思ってもなかったんだろう、桜華の唇が震えている。
「私もそう思います。あの男性は桜華さんには相応しくないと思います」
 そこへ割り込んできたのは、志乃だった。
 大人しい志乃には珍しく、その目に強い光を持っていた。
「志乃ちゃんまで……」
「志乃、盗み聞き? いい趣味とは言えないけど、ここはスルーしておくわ」
「そうしてください。私も今の発言は本心です。あの前原という方……。好ましく思えません」
 志乃も志乃でスルーすると、桜華に対してキッパリと告げた。
 対する桜華は泣き出しそうな表情。
 まあ、当然といえば、当然なんだけど、ネ……。
「あん時、葛西君が言ったこと覚えてる? タバコはポイ捨て、支払いは全部桜華任せ、ぶつかった人を睨み付ける。彼、言ってたよね? 『どこが素敵な人なんだか理解できない』って。全くその通りじゃない」
「そ、それ、は。……前原さんは大学生で、お金ないから、私が払っただけで。タバコは思わずしちゃっただけですっ。ぶつかったことだって、きっと理由が――!」
「桜華、あんた……」
 必死になってあの男を庇う桜華に、我知らずため息が漏れる。
『恋は盲目』とはよく言ったものだと思う。滑稽ですらある。
「そこまで言うなら、もう言わないけどさぁ。葛西君には謝りなよ」
「どうしても、ですか?」
「どうしても、よ。知り合って間もないってのに、あそこまで真摯に考えてくれる人ってそうはいないのよ? このままだと修復できないまま、疎遠になっちゃうわ」
「そうですよ、桜華さん! 久保さんとメールしたんですけど、葛西さん、『もうどうでもいい』って拗ねてるらしいですよ!? 早く仲直りしないと――」
「そうよ、桜華。志乃の言う通り――」
 志乃の説得の台詞にうんうんと頷いたけど、はたと気づいた。
「ちょっと待ちなさい、志乃! あんたいつの間に久保君とメールする仲になってんのよ!? 今まで男の子とメールなんて『怖い』って言ってたくせに!?」
 男なんて家族としかしたことないのに!?
「だ、だって久保さん、凄く優しいですし、お友達思いですし……。この人とならしても怖くないな、と……」
「おにょれー!」
 思わず叫ぶと、志乃はキャーと叫んで逃げた。
 本当におにょれ。同じ『彼氏いない歴=年齢』のくせに! うわーん、私だって優しい彼氏欲しいよー!
「あの……。二人とも、私のこと忘れてません……?」
 

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