17話 すれ違い

 さすがに、四人で行動し続けるのは怪しまれるかもしれない、との意見が出たので、二手に別れることに。
 俺と大和川さん、久保と綾辻さん。
 先に久保たちを先行させ、俺らは鼓さんの後ろを行く。
 早い話、俺たちでサンドウィッチにしているってわけだ。
「まさか、午後もずっとブラブラするつもりじゃないよな」
「さすがに何かには乗るでしょ」
 だよな。アトラクションに何も乗らないんじゃ、遊園地に来た意味がない。
 と思ったら、早速二人が水上を船で行くアトラクションへと入っていった。
「お、行った。俺らはどうする?」
「……待ちましょうか。入れ違いで実際に乗ろうよ。尾行は志乃たちに任せればいい。そんな感じで交互にやっとけば、ばれないよ」
「いいな、それ。それで行こう」
 ばらけてウロウロしているのだから、すれ違ってもおかしくはない。ずっと同じコンビがい近くにいるより、遥かに疑いは持たれにくいだろう。
 大和川さんが綾辻さんに伝え、俺らは普通に並んだ。
 しばらく待っていると、出口から当の二人が出てきて目が合った。
「よう」「やほ。桜華」「あら、ユリちゃんに葛西君」てな感じで軽く会話して別れる。当然、前原は一言も口を利かないどころか、全くの無視だった。
「会釈くらいしろよ……」
 去っていく背中に毒づく。
「今更言ってもしょうがないでしょ。そういう男なんだって理解して放っておいたほうがストレスたまんないわよ」
「それもそうだな」
 確かにその通り。
 前原にいちいち腹を立てていたら、身がもたないだろうしな。
 俺は一応、あの二人が向かった方を久保たちに知らせ、中へと入っていった。

 ――それから、俺たち四人は代わり番こにアトラクション、尾行、時には堺先輩カップルの協力を得、鼓さんたちを尾行し続けた。
 閉園も近くなったところでお終いにし、一足先に園の出口まで戻って最後の話し合い。
「で、結論は」
「前原は最低、ということで」
「異議なし」
「同じく」
 意見は最終的にも一致した。
 ま、当然だな。
 ――金は一切払わない、買い物も全て鼓さんに行かせる。ちょっとでもぶつかろうものなら、思いっきり睨みつけ、時には突き飛ばしもしていた。
 唾は吐く、タバコはポイ捨て、空き缶、空きペットボトルも投げ捨てる。
 道徳心というものを母親の胎内にわざと置いてきたとしか思えない奴だった。
「本当に、何であんな男がいいんだ? 鼓さんは?」
「……明日にでも別れろと説得したいわ」
「聞き入れるとは思えませんが。桜華さん、どう考えてもあの人に心奪われてますし」
 鼓さんの級友は揃ってため息を吐いた。
「ま、それは今後に考えるとしようじゃん。……お、鼓さんも戻ってきたな」
「ああ、その後ろに堺先輩たちもいるな。全員揃ったか」
 目を園内へと向けると、鼓さんと前原、その少し後ろに堺先輩と相模先輩がいた。
 このイベントも終わりだな。これが俺たちにとっていいのか悪いのかは微妙だけどね。

「じゃ、今日はお疲れ様。楽しんでくれたかな、鼓さんは」
「はい、もちろんです。ありがとうございます。……前原さんも楽しんでもらえました?」
「あ? まあ、そこそこな。高校生のガキなら、こんなもんだろ。退屈しのぎにはなったぜ」
「…………」
 丁寧に礼を言う鼓さんと、真逆の返答をする前原。こうまでイラつくことを言うこいつに、逆に感心するな。
「マ、俺は帰るぜ。じゃあな、桜華? 今度はもっと楽しいところで楽しいことしようぜ?」
「え。あ、はいっ。楽しみにしてます……」
 前原は鼓さんの肩を抱き寄せ、ニヤッと厭らしい笑みを浮かべる。対して鼓さんは赤くなって俯いてる。
 ――イラッと来るな、こいつ本当に。はっきり言って、叩きのめしたい。
 何で鼓さんのようないい子が前原みたいなヤローに惚れてんだ?
 そんな感情が出ていたのかもしれない。前原は俺を見ると、小馬鹿にしたような笑みをうかべ、唾を吐いた。
「――――!!」
 怒りで怒鳴りそうになったけど、何とか堪える。
「けっ。――じゃーな」
「さようなら、前原さん。また連絡しますね」
「おう」
 前原はもう俺たちを見ることもなくさっさと帰っていった。
「あの野郎……!」
 ギリと歯を噛み締めると、堺先輩が険しい顔で前原の去ったほうを睨んでいた。
「最低だな、あいつ……。人として駄目だろ」
「同じく」
「同感」
 久保と相模先輩も嫌悪感を隠そうともせずに頷いていた。
「ちょっと桜華。訊くけどさ、あいつのどこがいいわけ?」
「え? どこって、優しいところ……」
 大和川さんが呆れたように鼓さんに質問していた。
「あの桜華さん? あの人のどこが優しいのですか?」
「前原さん、誤解されやすいけど、優しい人なの。この前だってね」
 綾辻さんははっきりわかるくらいに口を引き攣らせて疑問を呈したけど、鼓さんは笑顔。
 ……オイオイ。
「なあ、鼓さん。前原が優しいって、本気で言ってる? 大丈夫?」
「――どういう意味ですか?」
 俺の言い方が気に入らなかったんだろう、笑みをすっと消して、鼓さんは睨むように見上げてきた。
「どういう意味って、そのまんまの意味だよ。それなりに観察したけど、どう考えても優しいとは言えないと思うよ?」
「葛西君に彼の何がわかるんですか。推測でものを言うのはやめてください」
「そうしたいのは山々だけどね。そうも言ってられないと思うから言ってるんだよ」
「だから、彼のこと――。……今、観察してたって言いましたよね? 私たちの後を付けていたんですね!? 時々変な視線を感じたのはそういうことだったわけですね!?」
 ……う、しまった。
 黙った俺の様子で確信したのか、鼓さんの表情は冷たいものに変わった。
「酷い……。付けるなんて。何を考えてるんですか!?」
「それは――」
「あ、ちょい待ち、桜華。最初に後を付けようって言ったのは私――」
「ユリちゃんは黙ってて」
 鼓さんは口を挟んだ大和川さんを黙らせると、再び俺を睨んだ。
「信じられない。人のデートを付けるなんて。前原さんの何が気に食わないんですか? あんなにもいい人なのに」
「確かに後をつけたのは悪かった。それは謝る。だけどな、前原がいい人なんて口が裂けても言わねえし言う気はないぞ!? あいつがどれだけ非常識なのか、わかんないの!?」
「どこか非常識ですか!? 尾行するほうがずっと非常識でしょう!?」
「それについては謝るって言ってるだろ! 俺が言いたいのは、あいつの行動だ! ポイ捨て、ぶつかっても謝らない、睨む、馬鹿にする……どこがいい人なんだ!?」
 ああ、イライラする。あばたもえくぼなのか、恋は盲目なのか知らないが、『前原はいい人』という考えで凝り固まってるし。
 どうしたら理解してくれるんだ? てか、俺はどうしてここまでムキになってんだろ?
「前原さんのこと何も知らないくせに!」
「確かに知らないけどね、今日のことだけで十二分にあいつがどれだけ非常識かくらいはわかる。ろくでもないってことはね!?」
「――――!」
「もう少し、客観的にあいつを――」
 言いかけて、止めた。
 鼓さんの身体から、これ以上ない「怒り」のオーラが出ていたから。
 まずい……言い過ぎたか……?
 ――刹那。
 鼓さんの拳が俺の鳩尾にめり込んでいた。
「か……はっ!」
「最低……! 見損ないました、葛西君」
 侮蔑の呟きが耳に届いたけど、傾ける余裕などなく。
 俺は意識を失わないようにするので精一杯だった。
「ちょ、葛西君!? 桜華、あんた何を!」
「葛西君!? 大丈夫ですか!?」
 膝を突いた俺が見たのは、踵を返して帰っていく鼓さんの後ろ姿。
「葛西!」
「葛西君!」
「桜ちゃん! 待つんだ!」
 慌てたみんなの声を聞きながら、俺はもうどうにでもなれ、と大きく息を吐いた。


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