Simlpe Life
初詣――願い事はなんですか?

〜五行匠〜

 俺が起きたのは、10時をとっくに過ぎてからのことだった。
「ふあああ〜」
 顔を洗い、着替え、居間に行ってからテレビを点ける。
「やっぱ、元旦はバラエティしかやってねえな」
 今日は元旦。
 年明けだ。
 でも。
 俺の日常は変わらない、と。大晦日の昨日も、スーパーで買った年越し蕎麦を食って、紅白を見て行く年来る年を見て、この日のために買っておいた大吟醸を飲んで、寝た。
 ――うむ。
 全くもって日本人らしい正月だな。
 俺は一人で納得すると、冷蔵庫を開けて冷凍しておいた白飯を解凍し、焼き鮭とインスタントの味噌汁を作って食べた。
「さて。少しゆっくしたら、初詣に行ってくるか」
 どこの神社に行こうかなんて考えていると、携帯が鳴った。
「ん? 明日香?」
 新年の挨拶か。
「おはよう、匠さん。明けましておめでとうございます」
「あけおめことよろ。お休みなさい」
「……怒りますよ?」
 新年早々怒るなよ。
「そうさせようとしてるのはあなたでしょ」
 明日香の呆れ声が聞こえる。
「ごもっとも。で、何か用か?」
「あら、用がなければ掛けちゃいけない? 匠さんの声が聞きたい時だってあるわ」
「そりゃどうも。で、本題は?」
 明日香と意味のない遣り取り。これがまた結構楽しかったり。
「もう。せっかちね。まあいいわ。あのね、明後日くらいに、初詣に行かない?」
「初詣? 明後日というと――3日か」
「ええ。今日はいくらなんでも時間ないし。明日は私のほうもご挨拶しなければならない人とかいて、無理だから。でも、明後日なら、一息つけるし。――どうかしら、匠さん」
「ふむ。そうだな、構わないぞ。3日だったら俺も時間空いてるし。行こうぜ、せっかくだしな」
 本当なら今日にでも行くつもりだったが、明日香と行くというのなら、3日でも全然構わない。
「本当? なら行きましょう。それじゃあ、時間とか待ち合わせ場所とかは、後でメールするわ。それでいい?」
「おっけ。待ってるわ」
「ええ。じゃ、明後日、3日にね」
「ああ」
 電話は切れた。
 ――明日香と初詣か。
 こりゃ、楽しみだな。
 素直にそう思った。

 駅で明日香と待ち合わせて、駅を三つばかり行ったところにある少々有名な神社へ。
「しかし、振袖で来るとは思わんかったな」
「あら、おかしい? お正月だもの、着物でも構わないでしょう?」
「そりゃそうだ。しかも……」
 俺は明日香をまじまじと見つめた。
 赤とピンクを基調とした振袖。名前もあるんだろうが、全くの門外漢なのでさっぱりわからない。
 髪もきっちりと結い上げて、上品な美しさを演出している。
 これが俺の彼女かと思うと、全くもって恐れ入る。今の俺の格好は普段着だから、はっきり言って釣り合ってない。
「ううむ。俺も紋付袴で来ればよかったか」
「その格好でもおかしくもなんともないけど。紋付袴、か。それもいいかもしれないわね」
「おお。勿論、下は赤フンでな!」
 サムズアップしてニヤリと笑うと。
「…………」
 明日香もにっこり笑った。
 でも、目が笑ってなかった。
「……あれ?」
 明日香さん? 怒ってらっしゃいます?
 ヤバいと思ったその瞬間。
「イタタタタタ!」
 明日香に思いっきり、足を踏まれました。

 それなりに大きな神社とはいえ、三が日の最終日ともなれば人出は落ち着いている。俺たちは大して並ばずに賽銭箱の前まで来ることが出来た。
 さて、しっかりと御参りするとしますか。
 ――二礼二拍手一礼、と。
 それくらいは知っているんだぞ?
 自分なりに真剣に願いを念じ、静かに眼を開く。
 隣では明日香も参拝を終えたところだった。
「終わったか?」
「ええ。匠さんも?」
「大丈夫だ。行こうか」
「うん」
 俺たちは邪魔にならないように場所を移し、ちょっと会話。
「お参りも終わったし、後は」
「御神籤を引いて、それから――屋台を回って帰りましょうか」
「そだな」
 頷いて、御神籤を引きに行く。
「ねえ、ところで」
「ん?]
「何をお祈りしたの、匠さんは?」
「何だいきなり。そういう明日香はどうなんだよ」
 自分はいわずに人の聞こうだなんて、調子良すぎるだろ。
「私? 私たち二人の幸せと、家族の健康、私に関わった全ての人への感謝と幸福よ?」
「……何だ、そのあまりにも優等生な願いは?」
 そこまで祈るか、普通? もうちょっと即物的にいってもいいいんじゃないか?
 しかし、明日香はキョトンとした表情だった。
「あら、これくらい当然じゃない。それで? 匠さんは何をお祈りしたのかしら? 私は言ったんだから、ちゃんと答えてね」
「…………」
「匠さん?」
 怪訝な顔をする明日香。だが、俺は――。
「言えるわけねえだろ!」
 逃げた。
 ダッシュで。
「あ! ちょっと、匠さん!? 私にだけ言わせるなんて卑怯よ!?」
「明日香がが勝手に言ったんだろーがっ。俺まで言う義務はないっ」
「ずるいわよっ!?」
「ずるくねー!!」
 言い捨て、俺は御神籤売り場へと逃げた。
 ――言えるかよ。
『明日香といつまでも一緒にいられますように』
 ――なんてな。


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