Simple Life
Holy Night Christmas!
〜飛鳥井明日香〜
私は晴れ渡った夜空を見上げて、小さくため息をついた。
「はあ……もう、なんなのよ……」
愚痴も吐き出される。
「匠さんの……バカ」
私は、想い人に毒づいて――再び空を見上げた。
空は、嫌味なほどに綺麗で、澄んでいた。
せっかくのクリスマス。私は匠さんと一緒に過ごせると思っていたのに。
それなのに。
『夜じゃないと無理。8時過ぎにここに来てくれ』と書かれた一枚の紙を渡されただけ。
最近、何故か匠さんが忙しそうにしていて、デートどころかまともに会話すらしていないから、今日こそはと思って二時間以上も服選びに費やして、お洒落して美容院にも行って――店員さんに『これなら彼氏も大喜びです、凄く似合ってますよ』とお墨付きも貰ったのに。
プレゼントだって、毎日夜遅くまで一生懸命に編んだマフラーを用意したのに。
今日はずっと一緒にいられると思っていたのに。
会えるのが8時過ぎなんて……。これじゃ、正味二時間もいられない。
門限の厳しい家が少しだけ恨めしかった。
「ここ……?」
匠さん空渡された紙に書かれていた住所はここ――ケーキショップ?
意味がわからない。
「何でこんなところに」
こんなところ、というのは失礼なのだろうけれど、そう言いたくもなる。どう考えたって、恋人を呼び出すような場所じゃない。
私は辺りを見回した。
けれど、匠さんの姿はなく、道を行き交う人々(カップルが多い)がいるだけ。
店先ではサンタの格好をした人がケーキの売り子をしつつ、通りかかる子供たちに飴か何かを配っていた。
なかなかにコミカルな動きで、子供たちもニコニコしている。
「あんな人、どこから連れてきたのかしら」
思わず頬が緩む。
オーソドックスなサンタの格好に、白髪と白髭にでっぷりと太った姿。特に、その酒樽のようなお腹は見事だった。
白いカツラの隙間からグレーの色が見えるから、それなりに年を召された人だとは思うけど。
よくもまあ、サンタが似合う人を捜してきたものだ。
「匠さんは……まだなの……?」
寒風に震えつつ、かじかんだ手に息をかけて暖を取る。
腕時計を見ると、彼これもう二十分は待っている。けれど、匠さんの姿はない。ちらりとお店を見れば、クリスマスケーキもほぼ売れ切れて、もう既に片付け始めていた。
「…………」
腕時計をもう一度見て、先ほどよりも深いため息を吐いたとき、トンと肩を叩かれた。
「匠っ……」
急いで振り返る――が、そこにいたのはサンタだった。
「あ……」
――違った。匠さんじゃなかった。
がっかりする私に、サンタは柔和な笑みを浮かべてすっと手を差し出し、私にも手を出すように促してきた。
「?」
促されるままに手を出すと、飴と共に一枚のメッセージカードが渡される。
「カード? あの、これ?」
訊ねようと思ったときにはもう、サンタは店に入ってしまっていて叶わなかった。
「何かしら……」
飴はとりあえずポケットに入れ、カードを開くとそこには。
『Merry Christmas! Asuka!』
――そう、書かれていた。
「!?」
これは一体?
私は慌てて店の中を覗き込む。と、サンタがこちらを向いてにっこり笑い、帽子とカツラ、髭を
取る――そこには、私の大好きな人の姿があった。
「匠さん……!?」
目を疑った。
でも、あのサンタは間違いなく匠さん。あんなに上手く変装しているとは夢にも思わなかったけど。
ということは、このメッセージは間違いなく匠さんからのもの。彼が何を考えているのかはさっぱりわからないけれども、私のことを忘れているわけではないとわかっただけでもよかった。
「ふふ」
私はもう少しだけ、ここで待つことにした。
それから十分ほどすると。
「待たせた、明日香!」
苦笑いを浮かべながら、匠さんが現れた。
もちろん、普通の格好で。
「……遅い」
不満をぶつける。これくらい、してもいいだろう。
「悪りい。思った以上に片付けに時間が掛かった。寒かったろ? ごめんな」
しっかりと頭を下げる匠さん。
……まあいいかな、と思う。そこまで怒っていないし。
だけど、疑問はある。それは訊きたい。
「もういいです。歩きましょう? もうあまり時間もないことだし」
「ああ。本当に悪い。けど、お詫びってわけじゃないけど、ケーキ、貰ってきたからさ」
「ケーキ?」
言われてみれば、確かに匠さんの左手にはケーキの箱が提げられている。
「……まさか、それ目当て手で売り子のバイトしていたんじゃ」
「半分はな。買いたい物もあったんでやったんだ。結構実入りはいいんだぜ?」
「……知りません、そんなの。彼女を寒空に一人、放っておくなんて酷いと思わない?」
「悪い、本当に。寒かっただろうにな」
匠さんはそう言うと、何の躊躇いもなく私の手を握って引き寄せた。
「……もう」
温かい。匠さんの手の温もりが、すぐにかじかんだ手と心を溶かしてくれる。
「それでな。買いたい物があったって言ったろ?」
「ええ」
「ほい。クリスマスプレゼント」
あっけらかんと、先ほどサンタが飴をあげるかのようにヒョイと、小さな箱を私の手に乗せた。
「プレゼント? ……このためにバイトを?」
「まあな。可愛い彼女のためにプレゼントの一つもあげられないとなー」
からからと笑う匠さん。
……そう。最近付き合いが悪かったのは、このためだったの。
「中、見てもいい?」
「どうぞどうぞ」
ラッピングを丁寧に剥がして、箱を開ける。
中にあったのは――。
「指輪……。それも、ペアリング?」
雪の結晶が彫り込まれたシルバーリング。 精緻な細工で、とても綺麗に輝いていた。
「おお。気に入ってくれたら嬉しいね」
「うん、凄く綺麗……それに」
ペアリングだというのが嬉しい。匠さんとお揃いだから。
「それならよかった」
ほっとする匠さん。きっと、彼もプレゼントが私に気に入られるか、不安だったのだと思う。
だとしたら、匠は私のことをまだわかってない。私が、匠さんが一生懸命バイトして買ってくれたプレゼントを嫌がるはずがないのだから。
全く、もう。
私はリングを取ると一つを匠さんに渡し、もう一つを左手の中指に嵌めた。本当は薬指が理想だったけれど、それはまた今度に期待しよう。
「ふふ。お揃いね。嬉しい……でも」
不満が一つある。
「でも?」
「匠さん。匠さんは、これを買うために最近、私と過ごしてくれなかったんですよね?」
「うん。そうなるな。ちょっと予算が足りなくて」
「……バカ」
「何ですと!?」
「バカだからバカと言ったんです」
私はずいっと匠さんに身体を密着させて、軽く睨んだ。
「な、何だよ、明日香?」
「匠さんはわかってません。そりゃ確かに、女の子は好きな人からプレゼントを貰えれば凄く嬉しいですけど……。でも、そのために自分と過ごす時間がなくなったら意味がありません」
「え、え〜と?」
「女の子にとっては――好きな人と一緒に過ごす時間のほうが何倍も大切なんです。大切な想い出は何よりも素敵な贈り物。プレゼントは二の次。そのことを忘れないで」
釘はしっかりと刺しておかなくは。
「……つまり、俺は見当外れのことをしていたと?」
「そうは言ってません。けれど、クリスマス近くになってバイトして、過ごす時間を減らすようなことはしてほしくない、ということです」
本当に、匠さんは。女心をわかっていないんだから。
私がどれだけ、匠さんと一緒にいたいと思っているのかを。
「……悪かった。気を付けるよ。来年は、もっと一緒にいるから」
「――はい」
私はにっこり笑って、匠さんの手をいったん離し。
改めて腕を絡めた。
「む、明日香?」
「さ、急ぎましょう? 私にも門限があるのだから。匠さんの家でいいのよね?」
ケーキに目をやってから、私は空を見上げた。
「そうだな、ささやかながら二人でクリスマスを祝おうか。途中で何か食いもん買わないと」
「ええ、そうね」
買うところはいくらでもある。心配はいらないだろう。
「匠さん」
「んあ」
私は微笑んで、こう言った。
「Merry Christmas! Takumi!」