「海だ!」
「太陽だ!」
「砂浜だ!」
「そして!」
 親友であり悪友である英治と共に腕を突き上げ。
『水着だあああああああああああああ!!』
 一言一句ずれのない見事なまでの雄叫び。
「何馬鹿言ってんのよ、二人とも」
 呆れた顔なのは、既に水着に着替えた穂乃果。その横には清が同じような表情で立っていた。
「馬鹿って失礼だな。心ではそう思っても、もう少しオブラートに包んでくれ」
「そうだそうだ」
 講義の声を上げるが、穂乃果はヒラヒラと手を振りパラソルの下へと移動する。
「全く。いくら海でテンション上がってるからといって、あからさまな発言は控えてよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃない」
「仕方ないだろ、海なんだもん。テンション上げるなというほうが無理だ」
 だが亮祐の発言も虚しく、穂乃果からは冷たい視線が返ってくるだけだった。
「何言ってるんだか。長塚君にしろ高見沢君にしろ、お目当ては泳ぐことよりも女の子の水着姿でしょ。特に長塚君は小笠原さんの」
 ズバリと指摘され、亮祐は英治と顔を見合わせ――サムズアップ。
「その通り!」
「当たり前だろ」
「威張るなあ!」
 穂乃果が目を吊り上げるが、亮祐にしてみれば、彼女や女の子の水着に期待して何が悪いのか。むしろ、期待するなという方がおかしい。
「何を言う。健全な男子としては当然の」
「それはわかるけど、何の衒いもなく口にしないの! 品性疑われるよ?」
「それこそ何を言う、だ。堂々と口にしておいたほうがいいじゃん。さっきから黙って阿部さんの水着姿に鼻の下伸ばしてる坂もっちゃんよりマシかと思うな〜」
 ニヤリと笑って清を見ると、ギョッとしたように慌てて顔を逸らす。
 これでは亮祐の言葉を肯定したも同然である。
「!? ちょ、ちょっとキヨちゃん!? そう言えばさっきから無言だったけど……そういうことだったわけ!?」
 亮祐の言葉を聞き、目を吊り上げる穂乃果。
「な、ち、違う、そんな」
「キヨちゃんだって男の子だから見るのは仕方ないとは思うけど……。黙って見るなんて――」
「だ、だから俺はそんなつもりで見ていたわけじゃ」
「じゃあどんなつもりよ!?」
 しどろもどろになりながら抗弁するが、穂乃果にどんどんと追い詰められていく。
 そしてついに。
「暑くて堪らないから、飲みモン買ってくる!」
 脱兎の如く逃げ出した。
「あ! 待ちなさい、キヨちゃん!」
 もちろん穂乃果も追う。水着姿のまま。
「おいおい」
 いくらセパレートタイプの水着とは言え、それで追い駆けっこをするとは。
「さすがだ」
「うん」
 あっという間に小さくなった二人を見つつ英治と頷き合っていると――。
「お待たせー」
 待ちに待った時間がやってきたのだった。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
 そうだ! 水着姿を堪能……じゃない、海に行こう! 前編

 ゆっくりと声のした方へと振り返る。
 そこには――。
「えへへへ。亮祐君、お待たせ!」
「ふん」
「ごめん、待たせたねー」
「お待たせ」
 はにかんでいる千尋を始め、傲岸不遜な態度の璃々、にこやかに笑う椿にいつもと変わらぬ純子――の四人が立っていた。
 が。
 亮祐は、可愛い彼女の水着姿に目を奪われていた。
 ピンクを基調とした色合いに水色の花柄模様のビキニ。トップスの中央には大きなリボン。ボトムの前にもリボンが付いており、やや大人しめながら、清楚な千尋にはよく似合っていた。
「…………」
「りょ、亮祐君、そんな見ちゃ、恥ずかしいよぉ……」
「――へ? あ、ああ、いや! これは!」
 完全に見惚れていたことにようやく気づき、誤魔化すように周囲を見回す。
 と。
 ニヤニヤと笑っている友人たち。
「あー、二人の世界に入っちゃって、あちぃあちぃ」
「夏だからってそれはどうなのかしら」
「ちっひーも満更じゃないみたいだけどー?」
「ぐぬぬ……! 長塚ぁ……!」
 約一名、歯軋りしているのがいるけれども。
「みんな、からかわないでよぉ」
 恥ずかしさで頬を赤くしつつも膨れっ面をする千尋。
「あはは。ところで長塚さあ。ちっひーの水着姿に悩殺されるのはいいとして。他の私たちはどお〜?」
「へ? 他の……?」
 悪巧みの目をした椿が、両手に璃々と純子を掴まえて亮祐に近づいてくる。
「私たちだってスタイルにはちょっとばかり自信があるんだけどなあ?」
「ちょっと、椿?」
「何がしたいの……」
 困惑気味の二人になど気にもせず、椿がにじり寄ってくる。
「え、え〜と?」
 思わず三人の肢体を上から下まで見てしまう。
 椿は真っ赤な際どいビキニで、胸はやや小ぶりながらトップスに黒のフリルが付いており、ゆるくウェーブする髪と相まってより一層の色気を感じさせている。
 璃々は濃いブラウンのホルターネックのビキニで、胸元とボトムにラインストーンがあしらわれており、バストが強調されている。
 スタイルも文句の付けようがない。
「いやらしい眼で見るんじゃないわよ!」
「ごめんなさい」
 しかし――なんと言っても圧巻なのは純子だった。
 グリーンのビキニで、光の加減によってゼブラ柄にも見える。璃々のと同じく胸元とボトムにラインストーンがあしらわれている。ボトムがなぜか二重になっているように見えるのだが、なんとTバックショーツの上から更にショーツを履くタイプの水着らしい。
 そして、そのバスト。
 純子が動くたびに揺れに揺れるそのバスト。元々細身で、肩で切り揃えられた黒髪とのアンバランスさが怪しいまでの魅力を醸し出している。
 見た目の大人しそうな雰囲気とは全く裏腹な姿。
 それを目聡く目付け、椿が「ニヒヒヒ」と下品な笑みを零す。
「やっぱり純子か〜。凶器だもんね、このスタイル。女の私たちだって羨ましくて仕方ないんだから、男だったら見惚れちゃうのも仕方がない」
「たはは……」
 参ったとばかりに苦笑いを浮かべると、純子が肩をすくめた。
「長塚君、さすがにそこまで視姦されるといい気分はしないわ。やめてもらえる?」
「悪かった」
 いい気分ではないと言いつつも、ほとんど表情に変化はないが、これ以上はマナー違反だろう。
「ええ。それと――」
「それと?」
 そこで初めて、純子は小さく笑みを浮かべ。
「あまり他の女性に見惚れるものじゃないわね。後ろで彼女がお冠よ?」
「…………!」
「りょ〜すけくうううん? 一体誰を見ているのかな〜? こんなにも可愛い彼女を放っておいて〜?」
 いつもだったら可愛くて仕方のない声のはずなのに、今は死神の歌にも匹敵する冷たさ。
 勝手に身体がガタガタと震え出す。
 恐る恐る振り返ると――世界一可愛い彼女と思える千尋。
 ただし、今は世界一恐ろしい彼女に変貌している。
「ああああ、イヤ、あの、コレは男のサガというやつでして……」
 必死になって弁明するが、そもそも弁明になってない。
「へえ〜。サガねえ〜? ふ〜ん?」
「そうなんです、千尋さん。男はですね……って、あの。手に持っている物はナンデスカ?」
「これ? 見てわからない? ス・イ・カ」
 ニッコリ笑いつつ一歩近づいてくる千尋。ご丁寧にもスイカを振り上げて。
「な、何でそんなもんが……。それにどうして手に持ってんの!」
 その迫力に腰が引ける。暑さによる汗とは別の汗が背中を流れ落ていく。
「後でみんなとスイカ割りしようと思って」
「じゃ、じゃあ後でゆっくり――」
「ううん。私、今、物凄く割りたい気分なのぉ。それも亮祐君の頭でねぇ?」
 固まった笑顔で、じりじりと着実に近づいてくる千尋。
「ちょ、ちょちょちょ!」
 最早言葉にすらならず。
 亮祐は処刑の時間が到来したことを実感せざるを得ず。
 次の瞬間――まん丸なスイカが亮祐の頭へと振り下ろされ。
「亮祐君のバカー!! エッチー!」
「ぎゃああああああああ!」
 千尋の絶叫と亮祐の悲鳴がビーチに轟き渡り。
 後に残ったものは。
 砕けたスイカと倒れ伏した亮祐が転がっているだけだった……。


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