放課後になった。
 あっという間に身支度を整え、亮祐は廊下へと飛び出した。
「いってらっしゃい」
「頑張れよ」
「ちゃんと取り戻せ」
 友人の声援を背に受けて。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
43話 亮祐、走る!

 千尋とがどこにいるかなど、はっきり言ってわからないので、一番確実な方法を選ぶ。
 つまり――千尋のクラスへ。
 亮祐が1‐Aの教室に入るとざわめきと共に視線が集中したが、そられを全く無視し、千尋を捜す。
 ……が、いない。
「……いないか」
 すぐに踵を返しかけたが――貴重な情報源がいることに思い当たり、今度はその人物を捜す。
 今度はすぐに見つかった。
「なあ、小笠原さん、どこにいるか――知らないか? 知っていたら教えてほしい」
 素早く近づき、声を掛ける。
 声を掛けられたその人物はちらりと亮祐を見たが、すぐに視線を逸らした。
「……アンタが俺を嫌っているのは知ってる。だけど、今回はそこを曲げて頼むよ。小笠原さんの居場所を知ってたら教えてくれ、南雲さん」
 亮祐が声を掛けた人物――南雲璃々は今度は睨むような目を向けてきた。
「何でアンタが小笠原さんを捜しているのよ。アンタと小笠原さんはもう『終わった』はずでしょう? 何故今更?」
「確かに。俺から終わらせたことは間違いないけど」
「けど何よ。まさか、田坂先輩に取られそうになったから惜しくなったとでも言うの? だとしたら、見下げ果てたことね」
 璃々の侮蔑を含んだ声に、亮祐は淡々と頷いた。
「惜しくなった――と言えばそうかもしれない。実際、俺は小笠原さんを田坂なんぞに渡したくないからね」
 それを聞き、璃々の眉がピクッと動く。
「どういう意味?」
「自分の気持ちに今更ながら気が付いた――それだけだよ」
「本当に今更ね」
「全くだ。自分でもどうかしてると思う」
 亮祐は素直に笑い、璃々を真正面から見据えた。
「で、どうなんだろう。彼女の居場所を知ってる? どうしても会わなきゃいけないから」
「会ってどうする気?」
「小笠原さんにどうしても伝えたいことがある。もちろん謝罪もだけど」
「……伝えたいこと、ね。何を伝える気よ? 下らない言い訳とかだったら、例え知っていても教えないわ」
「……違う。そんなバカなことしないさ。俺が伝えたいのは、自分の気持ちだ。誠心誠意ね」
 ゆっくりと首を振り、唯一の手がかりである少女を見つめる。
 今は璃々だけが千尋に繋がる手がかりだ。石に齧り付いてでも、居場所を、せめてヒントは得なくては。
 すると、璃々は目を丸くした。コレはかなりレアな表情だ。
「何、長塚、アンタ一体どういう風の吹き回し? 随分強気に出てるわね。たかが下らない嫌がらせで別れを決めた根性無しのくせに」
 心底驚いたといった感じの璃々に、亮祐は苦笑せざるを得ない。
「それは否定できないな。でも」
「でも?」
「俺の目を覚まさしてくれた友達がいるんだ。奴らのお陰だよ、ここにいることができるのは」
 英治、清、穂乃果――アドバイスをくれ、叱ってくれ、励ましてくれた、この三人がいたからこそ、亮祐は今千尋と向き合う決心が出来たのだから。
「そう。アンタみたいな根性無しのオタクの割には、いい友人を持っているのね」
「ありがとう。本当にいい奴らだよ」
「……嫌味にも平気な顔して流せるくらいにはぶれなくなった訳ね」
「まあね」
 ニヤリとすると、璃々は鼻を鳴らして肩をすくめた。
 亮祐はもう一度教室内を見渡してから、璃々に再度訊ねた。
「三度目の正直だ。南雲さん、小笠原さんの居場所、知っているのか知らないのか――教えてくれないか?」
 璃々に訊ねるのはこれが最後だろう。璃々も関係者の一人だから、説明したことは必要だったとは思うが、さすがに長話で時間を浪費し過ぎた。これ以上は時間を無駄に出来ない。
 こうしている間にも千尋が手の届かない場所に行ってしまうような気もするから。
 じっと璃々を見つめると、何を思ったのか、急に眉をしかめて手を振った。
「そんな目で見ないでよ、気持ち悪いわね」
「悪かったな、こんな目でっ」
 こっちだって変な意味で見たんじゃない、とばかりに思わず言い返すと、璃々は口の端を上げ――廊下を指差した。
「?」
「小笠原さんなら、さっき田坂先輩が来て連れていったわ。恐らく文化祭の誘いでしょうね」
「! そうか。どこにいるかはわかる?」
「そこまでは、ね。でも、わざわざ連れていったくらいだもの、三階のどこかでしょ。階段の踊り場とか、廊下の隅とか」
「わかった、ありがとう!」
 それだけ聞けば十分だ。
 亮祐は身を翻して――璃々に呼び止められた。
「待ちなさい、長塚」
「ん?」
 顔だけ振り返ると、璃々が鋭い眼差しを投げてきていた。
「小笠原さんをこれ以上泣かせたら、私はアンタを一生許さないわ。覚えておきなさい」
「わかった。肝に銘じておくよ」
 これは璃々なりの激励なのだろう。亮祐は笑顔で受け取ると、三階へと急ぎ向かった。

 一人残った璃々がほっと息をついたところに、笑いを含んだ声が聞こえてきた。
「あら、意外な展開。てっきり追い返すもんかと思っていたのに。ちゃんと教えるとはねー。どういう風の吹き回し?」
「茶々入れるんじゃないの、椿。あなただって長塚が来たらきっちり教えていたでしょうに」
 横目で軽く睨むと、その先にいた椿はニヤリとしてみせた。
「まあねー。ただ、璃々は私と違って長塚を心底嫌っていると思っていたから、教えるとは正直思っていなかったんだよ」
「……確かに嫌いよ、あんな奴。オタクだし、背は高くないし、顔も普通だし、頭だってそんなにいいわけじゃないし。根性無しのヘタレだし」
「ちっひーの好きな相手の悪口を、よくそこまで言えるね……」
 璃々の言い様に、さすがの椿の頬にも一筋の汗。
「フン、本当のことじゃない」
 キッパリ言い切る璃々。
「いや、確かに合ってるけどさあ……。じゃあさ、璃々」
「何?」
「長塚を嫌っているんなら、何でちっひーのこと教えたの? 嫌っていても期待しているわけ、長塚に?」
「そんなんじゃないわよ。……小笠原さんの笑顔のためよ」
「は? 笑顔? ちっひーの?」
 怪訝な表情の椿に対し――璃々はキュッと眉をひそめ。
「ええ。最近、彼女あまり笑わないでしょう? 笑っても無理をした笑み。あんなの本当の笑顔じゃないもの」
「まあ、確かに近頃のちっひーの姿は痛々しいけど。それとこれがどう関係するのさ?」
「関係大ありよ。小笠原さんが一番いい笑顔をするのは私たちの前でも、田坂先輩なんかでもなくて。長塚と一緒にいるときなんだから――」
 搾り出すように口にした璃々の言葉。椿は「そっか」と頷き、璃々の頭をポンポンと撫でた。
「より戻せるといいね、あの二人」
「戻してくれなくちゃ困るわ。ここまでお膳立てしたのに」
「うん。璃々の頑張りも無駄になっちゃうもんね」
「全くだわ」
 璃々ができるのはここまで。
 後は祈るだけだった。

 アドバイスに従い、亮祐は駆け足で三階へと行き着く。
 二年生から「あれ?」とばかりにし視線を向けられたりもするが、全て無視。今は千尋を捜すことだけに集中する。
(どこだ? どこにいるんだ……)
 いくら何でも教室にはいないだろうから、いるとすれば廊下、階段の踊り場くらいだが、少なくとも踊り場にはいなかった。残るは廊下。
 しかし、見る限りでは廊下にも二人の姿はない。
 璃々の予想に反し、三階ではなく別の場所にいるのかもしれない。そうだとしたら、かなりまずいことになる。
 最悪、もう手遅れの可能性が――。
「……ん?」
 廊下の奥にちらりと見えた、あの髪は――。
「――――!」
 我知らず、駆け出す。
 その姿が見る見るうちに近く、大きくなり。
「いた!」
 見つけた。ついに、見つけた。
 廊下の奥、柱の陰に隠れていたため、パッと見ではわからなかったのだ。
 見つけた千尋は、以前とは比べ物にならないくらいに暗い表情をしており、目もどこか怪しげだった。
 それを好機と見ているのか、田坂が舌舐めずりせんばかりのギラついた顔で千尋に手を差し出している。
 千尋は何も考えてない様子でその手を――。
(させるか!)
 反射的にそう思った。
 その手を取らせてはまずい。そうなってしまったら、もう取り返しが付かなくなる。
 根拠など何もない。ただの勘。
 だが、なぜか確信できた。
 二人は会話に集中していて、亮祐の接近には気がついていないらしい。好都合だ。
 一気に近づき――千尋の手をしっかりと掴む。
「ちょっと待った」
 さあ、ここが正念場だ――。


BACKINDEXNEXT
創作小説の間に戻る
TOPに戻る