亮祐が登校するなり、待ち構えていたように穂乃果が寄ってきた。
「で、どう? 結論は出た?」
「ああ。昨日じっくり考えて――自分なりの答えを出した。昼休みにでも話すよ。それでいい?」
「わかった、それでいいよ。じゃあ昼休みね」
「ああ」
 戻っていく穂乃果の背中に視線を投げつつ、亮祐はぐっと拳を握り締めた。
 導き出した三つの答え。
 それは、ある種の『決意』とも言うべきものだった。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
42話 三つの答え

 昼休みになり、亮祐はいつものメンバーと裏庭へと移動した。
 他者に聞かれたくはなかったから。
 昼食を手早く済ませると、待ちかねていた、とばかりに穂乃果が発言を促してきた。
「それで? 長塚君の『答え』を聞きましょうか。まず一つ目……『小笠原さんをどう思っているか』――これは?」
「うん。それはさ」
「それは?」
 六つの眼が亮祐に注がれる。
 どれも真剣で、茶化す気配は微塵もない。亮祐の答えを一言も聞き逃すまいと言う姿勢がありありとわかる。
 亮祐はゆっくりと深呼吸し、しっかりと三人へ顔を向けるとはっきりと告げた。
「俺は――小笠原さんのことが好きだ。昨日じっくりと考えて、そう思った」
 友人とはいえ、第三者に告白するのは非常に気恥ずかしかったが、言わないわけにはいかなかった。こうまで心配してくれるお節介な友人たちには。
「…………」
「…………」
「…………」
「おい……? 何か言ってくれ……」
 黙りこんでしまった三人に不安を感じ、思わず亮祐の頬が引き攣った。
 何か失敗したのか、好きだということは間違っていたのか――後悔し始めたとき、英治に肩を思いっ切り叩かれた。
「痛えッ! 英治、何すん……!」
 突然のことに驚きつつも文句を言おうと口を開いて――動きを止めた。
 英治、清、穂乃果――が、満面の笑みで頷いていたから。
「よく言った、リョウ!」
「よぉし! これで何の問題もなし!」
「うん! やっぱり男の子だね、長塚君! 言うときはちゃんと言うんだね!」
「お前ら……」
 自分のことのように喜び合う物好きの姿に、亮祐も笑いながら首を振った。
 ――本当に物好きだよ、お前らは。

「さて、二つ目。『長塚君がどうしたいのか』――これはどう?」
 ひとしきり喜んだ後、穂乃果が二つ目の問題提起。
「それももう答えは出てるよ。一つ目の答えを踏まえれば、さ。俺は――」
「うん、俺は?」
 穂乃果の言葉を受け、亮祐は真っ直ぐに見据えた。
「もう一度、小笠原さんとやり直したい。できればあの賭けをもう一度――いや、そうじゃないな。俺は、もう一度小笠原さんとしっかり向き合って話がしたいんだ」
 あの時は、自分から逃げてしまったから。
 千尋は何一つ悪くないのに、『友人に迷惑がかかる』という理由に全てを押し付けて逃げてしまった。千尋と向き合うことなど何一つせず、逃げ続けてしまった。
 だからこそ、答えを出した今だからこそ、もう一度真正面から向き合いたい。
 向き合って、話がしたい。
 例え、その結果、千尋から拒絶されたとしても。
 その事実を受け入れる覚悟はある。
「向き合ったところで、なじられたり罵られたりするかもしれないよ?」
「わかってる」
「振られるかもよ? もう愛想つかされてるかも」
「覚悟はしてる」
 それくらいのことをされても仕方ないくらい、千尋を傷つけたのだから。
「田坂先輩に……持っていかれるかもよ?」
「それは――小笠原さんが決めることだよ」
 正直、そんなことにはなってほしくないが、だからと言って、そこまで亮祐が口を挟んでもいいことではないだろうし。
「じゃあ、全て覚悟の上で、話すんだね」
「ああ」
 確認するような穂乃果の言葉に、亮祐はきっぱりと言った。
 ――そうじゃなきゃ、向き合う意味がないからな。

「じゃあ、最後の三つ目。『どうすれば笑えるのか』――これについてはどう考えてるの?」
「この答えはさ、凄く単純なんだよ。一言で事足りる」
「そう? じゃあ、その一言は?」
 亮祐は一瞬の間を置いて、口を開いた。
「けじめを付ける。それだけだよ」
 自分の気持ちを自覚し、千尋ともう一度真摯に向き合い、この一連のことにけじめを付ける。そうすれば、例え千尋に拒絶されようと、振られようと、田坂に全てを持っていかれようと――すぐには無理でも――笑える時が来るはずだから。
 そして、笑えるときには、きっと。
『いい経験が出来た』と思えるはずだから。
「――なるほどね。けじめ、か」
 穂乃果が意を得たりとばかりに頷き、目を細めた。
「ああ。けじめだ」
「なら、とにもかくにも小笠原さんと会って話をしなくちゃ。善は急げ。今日の放課後に話しに行きなさいね」
「もちろんそのつもり。ちゃんと話してくる」
「うん。頑張って」
 穂乃果がニコッと笑い。
「吉報を待ってるぜ」
 英治が発破をかけ。
「骨は……拾いたくないから、そのつもりで」
 清からは励ましを貰い。
「ああ。いい報告が出来るようにするさ」
 亮祐は、力強く頷きながら、心で感謝を述べていた。
 ――ありがとう、と。

 教室へとへと戻りながら、亮祐はふと浮かんだ疑問を三人にぶつけてみた。
「驚かないんだな、俺が小笠原さんを好きだって――好きになったってことに」
 ――途端、呆れた視線が鋭く帰ってきた。
「お前はアホか。そんなん見てりゃすぐわかったっての」
「全くだ。口じゃあ、なんやかんや言っててもさ、あんなに楽しそうにしてりゃ、長塚の気持ちなんて丸わかりだぜ?」
 英治と清に言われ、亮祐は顔を引き攣らせた。
「マジですか……」
 そんなに自分はわかりやすかったのだろうか。
 自分で自分の気持ちに気が付かなかっただけで。
 そんあ亮祐を見、穂乃果がクスクス笑い声を上げた。
「うん、マジもマジ。本当に気がついてないみたいだから言うけど。長塚君さ、小笠原さんと一緒にいる時は本当に楽しそうにしてるんだよ。彼女を見る目も凄く優しいし。本当に小笠原さんのことが好きなんだなーって素直に思えるの」
 穏やかに、諭すように告げる穂乃果の止めに、亮祐は頭を抱えた。
「ああああ! 俺って奴ぁ!」
 本当に鈍感だ。
 自分の気持ちにも千尋の気持ちにも、友人たちの思いやりにも。
 ――だが。
 それも今日までだ。
 ようやく本当に気持ちに気が付くことが出来たのだから、無駄にはしない。
 どのような結果が待とうとも、胸を張って報告をしよう。
 この優しくもお節介な友人たちの気持ちに報いるためにも。


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