放課後、ボケっと窓から外を眺めていると、呆れたような声が掛けられた。
「何やってんだ、リョウ」
「英治……」
「『英治』じゃねえよ。何やってんだ、お前」
「外見てた」
 英治は隣に立つと、横目でこちらを刺すように見てきた。
「そんなこと聞いてないって。昨日のことだよ」
「昨日のこと?」
 怪訝に思い顔を向けると、心底呆れた表情が帰ってきた。
「とぼけんな。昨日の帰り、小笠原さんとニアミスしただろ。そん時、何で逃げたんだよ。向こうはリョウと話をしたそうにしてたの、わかんなかったわけじゃないだろ」
「……田坂先輩と一緒だったじゃないか、小笠原さん。邪魔しちゃ悪いじゃんか」
 我ながらいい理由を言えたと思ったが、英治の表情は変わらなかった。
「何言ってやがる。そんなのどうでも出来ただろうが。そもそも、田坂なんかに小笠原さんがなびくと本気で思ってんのか?」
「……思わねえよ」
 プレイボーイ・田坂の悪評はいくらでも耳にしている。そんな男に、千尋が心動かすとは微塵も思っていない。
「わかってるんなら、何故昨日話そうともせずに逃げたんだよ」
「何でだろうな」
 反射的に答えると、英治がこれ見よがしにため息をついた。
「馬鹿だな、リョウは」
「……そうだな」
 そうとしか、言えなかった。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
40話 最終勧告

 そろそろ、文化祭も近い。
 亮祐のクラスも、その準備に追われ始めている。
 亮祐も英治も、手伝いに大わらわ。かなり忙しい。
 だが、本人にとってはある意味有り難いことだった。何故なら、その準備に終われている間だけは、千尋のことを思い悩む暇がなくなるから。
 ただし。
 働いている間も、友人三人が何か言いたげに亮祐をじっと見ていることが時折あったが、敢えて気がつかない振りをしていた。
 その日の準備が終わり、各々が帰宅した頃、穂乃果が声を掛けてきた。
「ちょっと話があるの。付き合って」
「俺は……」
「拒否は認めない。いいから付き合いなさい」
 強制的に亮祐は穂乃果に連れられ、前にも来たことのあるオープンカフェに腰を落ち着けていた。
 注文を一通り終えると、すぐに穂乃果は口を開いた。
「さて。早速本題。連れてきたのはね、もちろん小笠原さん関係。ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「そう。小笠原さんと言うより、田坂先輩のことよ」
「……何で俺に言うかな」
 気にしてくれるのは嬉しいが、もう、自分と千尋は終わった関係だ――と続けようとしたが、穂乃果の強い目の光に、口を噤んだ。
「終わった、なんて言わないでよね。長塚君と小笠原さんはまだ終わってない。今はちょっと自分自身を見つめ直しているんだよ」
「……自分を?」
「そう自分をね。で、田坂先輩なんだけどさ」
「うん」
 穂乃果は辺りを一度見回してから、亮祐をじっと見た。
「出し物の準備してるときにね、ちょっと廊下で他のクラスの子と話をしてたの。そこに田坂先輩が通りかかったの――」

「じゃあ穂乃果のトコはそんなことやるんだ、凄いね」
「でしょう? 是非遊びに来てよ。きっと楽しいから」
「うん、行く行く。……あ」
「? どうしたの?」
 その子の目が自分を通り越して後ろに向けられるのを見て、穂乃果は首を傾げた。
「田坂先輩」
「え」
 思わず穂乃果もそちらを振り向く。
 確かに田坂が、友人なのだろう、同じくらい背の高い生徒と共にこちらへ歩いてくるのが見えた。
 それだけであったなら関心などさほどなかったが、二人の会話が耳に入り、無意識に体が強張った。会話の中に「小笠原千尋」「長塚亮祐」の名が出てきたから。
「? 穂乃果、どうかしたの? ……きゃ!?」
「ごめん、ちょっと」
 友人の口を軽く塞ぎ、喋らないでとジェスチャー。目を白黒させたが、友人はこっくりと頷いてくれた。
 穂乃果はも小さく頷き返し、邪魔にならないようサッと脇に寄ったが、耳だけは田坂たちの会話に意識を集中した。
「……で? 小笠原は落とせそうなの?」
「任せろよ。まだ戸惑ってるみたいだけどよ、間もなく落とせる。切欠さえありゃ一気にイケるさ」
「ふーん。羨ましいね、あの美少女ちゃんを手に入れられるなんて。運もいいんだろうな、お前」
「まあな。都合よくあのオタクバカと別れてくれたからな。こっちが首を傾げるくらい小笠原は本気だったみたいだけど、その分ショックはでかいからさ。やりやすいぜ」
 田坂の顔がニヤリと歪むのが見える。
「へえ。で、一気に行く切欠ってのが文化祭か」
「ああ。色々あるイベントだからな、そこで決めるさ。今から楽しみだぜ」
「お前も悪いやつだねー」
「ああいういい女はよ、俺みたいないい男こそ似合うんだよ。長塚なんぞにゃ勿体ねえ」
「違いねえなあ」
 ハハハと耳障りな笑い声を残し、二人の姿は見えなくなった。
「……なるほど」
 二人の姿が完全に消えてから、穂乃果は呟いた。
「今のって……。田坂先輩ってあんな性格だったんだ。うわ、噂じゃ聞いてたけど……最悪」
「そんなもんでしょ、ああいう手合いは」
「顔がいい分、余計にタチわる〜」
「本性を知ることができただけ、よかったじゃない」
 嫌悪感に顔をしかめる友人に答え、穂乃果は肩をすくめた。
「これでますます、あんな男に小笠原さんを任せるわけにはいかなくなったわねえ……」

「――ということがあったのよ」
「…………」
「どう? これでも長塚君は動く気はないって言うの?」
「…………」
 詰問するかのような穂乃果の強い言葉。
 それでも、亮祐は無言のままだった。
「言っておくけど。田坂先輩が心を入れ替えて小笠原さんを大事にしてくれるかも? なんて希望、持ったって無駄だと思うよ。あの感じからすると、単に可愛い子を彼女にしたいってだけ。弄ばれるだけ弄ばれて、終わりだろうね」
「それは女の勘?」
「ええ。かなり自信あるから。これに関してはね」
 力強く頷き、穂乃果は亮祐をじっと見つめた。
 その瞳は「どうするの」と亮祐に覚悟を促しており、曖昧な返答は許されない雰囲気に満ちていた。
「今日一日、時間が欲しい。考える時間が」
 それだけを何とか搾り出すと、穂乃果は僅かに微笑んだ。
「わかった。長塚君?」
「ん」
「答えを出すアドバイス。自分が彼女をどう思っているのか、どうしたいのか、どうすれば笑えるのか――この三つを考えなさい。変なことは考えずに、ね」
「……わかった。そうしてみる」
 亮祐は素直に答えた。
 今のままでは袋小路に入り込んでしまって、答えなぞいくら考えたところで出せやしないのだ。ならば、アドバイスに従い、提示された三つのことだけを考えよう。その方がよっぽど建設的だ。
 そうして出した答えをしっかりと持とう。
 例え、それがどんな答えであろうとも。


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