千尋のその言葉を聞いた三人は、一様にポカンと口を開けた。
「は? 振られたって……。え、何? ちっひー、冗談にしちゃキツイよ?」
「そうよ? 千尋ちゃんにしては性質が悪いわね」
「…………」
「冗談だったら……! どんなにいいかわかんないよぉ! でも……本当なんだもん!」
 キッと、千尋は涙に濡れる瞳を椿へ向けた。
「え……。じゃあ、何でよ? 二人ともいい雰囲気だったじゃん、今まで。それが何でいきなり別れたのさ!?」
「な、長塚君がね、あのね、嫌がらせを受けててね、それが友達にもいっちゃってるって。それが嫌だって。自分のせいで友達に迷惑は掛けられないっていうの」
「うん……」
「でも……そんなの長塚君のせいじゃないよぉ! それでお別れだなんて、酷いよ……!」
 感情が高ぶり、千尋は何度もしゃくり上げた。
『…………』
 千尋の悲しき叫びに、椿たちは顔を見合わせた。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
36話 差し伸べられる手

 時間を掛けて、話の筋道があちこちに行ったり来たりしながらも、千尋は親友三人に事情を説明した。
「そっか……。本当にそんなことになっちゃったんだ」
「それは……」
「…………」
「ねえ、私はどうすればいいの? どうしたら長塚君とまたお付き合いできるの?」
 ぎゅうとハンカチを握り締め、千尋は椿たちを見上げた。
 もう、どうしていいのかわからない。亮祐に対する嫌がらせも、英治たちにまで及んでしまった嫌がらせも、どうにか止めたい。
 止めたいけれど、どうしていいのかわからない。
 ただただ、悲しい。
「ちっひー……。それは、ごめん、わからないよ」
「うん、そうね……。どうすればいいのかしらね……」
 椿と純子が沈鬱な表情で呟き、千尋の顔がクシャッと歪んだ、その時。
「ああ、もう! イラつくわね!」
 璃々が腕組をして千尋を睨むように見下ろしてきていた。
「璃々……ちゃん?」
 突然の刺々しい声音に、千尋は泣くのも忘れて目をパチクリとさせた。
「本当にイラつくわね……! 何をやってるのよ、あの馬鹿は……!」
「あの馬鹿って……誰のこと?」
「長塚の馬鹿に決まってるでしょう、小笠原さん! 全く……!」
 璃々は本当に頭に来ているらしく、憤怒の表情だった。
「馬鹿だなんて。長塚君は結構成績もいい――」
「そういうことを言っているんじゃないのっ。今回のことを言っているのよ、私はっ」
 頓珍漢なことを言う千尋に、璃々は呆れたように首を振った。
「今回のこと?」
「そうよ。結局は長塚が逃げたってことでしょう」
「逃げただなんて……。長塚君は、これ以上友達が傷つくのが――」
 反論しようとしたが、すぐに璃々に遮られた。
「それが逃げてるって言うの。ただの言い訳にしか聞こえないわ、私には」
「でもっ。長塚君だって苦しんだんだよ!? 自分のせいで友達が嫌がらせを受けて。璃々ちゃんだったらそんなの耐えられるの!?」
「耐える気なんてないわね。それ、私のせいじゃないもの」
「――え?」
 さらりと返ってきた言葉に、千尋は目を瞬かせた。
「耐える気なんてないって言ったの。悪いのは嫌がらせをしてきた連中で、こっちは一つも悪くないでしょう。ただ好きな人と付き合ってるだけなんだから」
「それはそうだけど」
「でしょう? 堂々と胸を張っていれば良かったのよ。『自分と小笠原さんは付き合ってる』とね。だけど、長塚はそれすらせずに傷つくのが怖くて逃げた。そういうことよ」
「で、でも……。長塚君は友達が」
 千尋は必死に亮祐を弁護しようとしたが、璃々は呆れたように肩をすくめた。
「そんなの。ちゃんとしっかりと説明すればいいことでしょう。友達なら理解して別段責めるようなことはしないわ。……本当の友達なら、ね」
 璃々はキッパリと言い切り、じっと千尋を見つめた。
 その正論にぐぅの音も出ない。
 何も言い返せず、俯いてしまった千尋を璃々は優しい目で見た。
「小笠原さん。今はいきなりで混乱しているでしょ? 今日のところは取り敢えず帰りましょう? 少し時間を置いて、長塚と……話せるようになれればいいわね」
「……うん」
 璃々の言う通り、今はそれしかないだろう。
 本当なら、今すぐにでも亮祐に会いに行って、話したい。話し合いたい。
 だが、そんなことをしても、亮祐は再度の付き合いを了承などはしてくれないだろう。友人への嫌がらせを止めるために、自分との付き合いをやめることにしたのだから。
「じゃあ、ちっひー。帰ろ? 荷物は持ってきたからさ」
「そうね。帰りにお茶して帰りましょうか。前に行ったカフェ、千尋ちゃんも気に入ってたわよね?」
 元気付けるためだろう、椿も純子も明るい声だった。
 そんな友人の心遣いが嬉しく、千尋はまた泣きそうになった。
「あー、ホラホラ、ちっひー泣かないの」
「辛いだろうけど、美味しいケーキ食べて少しは元気なりましょ」
「カフェで愚痴は聞くわね」
「うん……。ありがと、みんな」
 ぐい、と涙をいささか乱暴に拭き、千尋は立ち上がった。
 これからしばらくの間は辛いだろう。
 けれど、支えてくれる友達がいる。
 今は、それで十分だった。


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