全日を終えた帰り。
 下駄箱で、亮祐は固まっていた。
 隣では英治が目を丸くしている。
 亮祐の手には一枚の手紙。
 薄いブルーの色合いが柔らかさを感じさせる。
 手紙にはこう書かれていた。
『拝啓。突然のお手紙をお許しください。どうしてもお会いして、お伝えしたいことがあります。今日の放課後午後四時半、屋上にてお待ちしていますので、是非いらしてください。よろしくお願いします。C.O より 敬具』
 これが「長塚亮祐様」と宛名書きされた封筒に入れられ、亮祐の下駄箱中に鎮座していたのだ。
「……マジ?」
 亮祐は口元を引き攣らせ、手紙を凝視した。
「ラブレターじゃん」
 英治が心底驚いたように呟く。
「これ、ホントか?」
 ラブレターを自分が貰うなんてことが起こるとは思えず、三度手紙を凝視する。
「でも、書かれてるのは女の子の字だよ」
 英治の言う通り、書かれているのは女の子特有の丸みを帯びた字である。少なくとも、書いたのは男ではないだろう。
「それに、この封筒と手紙。四隅に花束のデザインされたレターセットなんて、男が買うとは思えないけどな」
「むう。確かに」
 とてもじゃないが、男なら恥ずかしくて買えないだろう。
「つーわけで、これは女の子からのラブレターに間違いない。おめでとー」
 パチパチパチ、とニヤニヤしながら拍手する英治。
「いや、これ、別の『長塚亮祐』さん宛てってことはないかなあ」
「少なくとも、俺はこの学校で同姓同名の長塚亮祐は聞いたことないね」
「んじゃ、他校の長塚亮祐さん宛てという可能性は……」
「どうやったら学校自体を間違える!? どれだけのうっかりさん?」
 必死に否定しようとする亮祐二、英治が呆れ顔で言う。
「『うっかりスキルEX』の持ち主なら……」
「どこかのあかいあくまでもない限り、そんなレアなスキルの持ち主はいねえって」
 痺れを切らしたらしく、英治は亮祐の両肩を掴んでクルっと百八十度回転させた。
「往生際が悪い! とにかく行ってこい! 向こうだって待ちくたびれちまう」
 時計の針は四時二十分を差している。
「行かなきゃ駄目?」
 亮祐は最後の抵抗を試みようと、可愛らしく言ってみたが、帰ってきたのは英治の半眼と「行け、オラァッ!」という意思表示。
「わかったよ……」
 さすがに諦め、亮祐は重い足取りで屋上に向かった。
 背後から「明日、どうなったのか聞かせろよー」という野次馬の声援を受けながらも階段を上がり、すぐに最上階へと到着する。
 だが、屋上へと抜けるドアのある踊り場で、亮祐はため息をついた。
「やだなあ……」
 なぜここまで嫌がるかというと、単に、自分がラブレターを貰えるような存在ではないと自覚しているからだ。>
「仕方ねえ……。行くか」
 鬼も蛇も出ませんようにと祈りながら、ドアを開け――後悔した。
 ノコノコと屋上に来てしまったことを。
 なぜならば。
 鬼も蛇も出なかったが、それ以上のものが出たからだ。
 パシャパシャ!
 カシャ!
「本当に来た! あははは! バカだー!!」
「身の程知らず」
「キャハハハハハ!」
 数人の女生徒がデジカメや携帯を片手に、ニヤニヤと笑いながら、こちらへ見下した視線を放っていたから。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
3話 人心蹂躙

 亮祐は一度天を仰ぎ、疲れた気分で数人――正確には四人の女生徒へ近づいた。
「今の台詞で大体飲み込めたけど、確認させろ。これ、お前らの悪戯でいいのか?」
 念のための確認。悪戯じゃなかったとしたら、さっぱりわからない。
 返ってきた答えは。
「あったりまえじゃーん」
「そんなこともわかんない?」
「もしかして少しは期待しちゃった? 『もしかして、俺に惚れた子が?』とかって。アハハハ! バッカじゃない」
「…………」
 侮蔑の言葉だった。
 亮祐はもう一度、大きなため息をつき、四人の女生徒を見た。こんなバカをやる連中の顔を見ておきたかったから。
「……ん」
 その中に。
 目立たぬように、他の三人の後ろに隠れるようにしてこちらを窺う小笠原千尋の姿があった。
(こんなことする子だったのか)
 かなり意外だった。英治から性格もいいと聞いていたから、こんな最低の行為をするとは思っていなかった。
 結局、この子も顔がいいのを鼻にかけて人としてどうかと思うような悪戯でも参加してしまう――その程度の女の子だったのか。
 そして、思い当たる。
 手紙にあったイニシャルのC.O。これは「CHIRO OGASAWARA」のことか。
(わざわざ学校一の美少女の名を使わんでもいいものを)
 いや、むしろ使うことでいらぬ期待を抱かせて、喜色満面で来た自分を奈落の底へ突き落とす腹積もりだったか。
「くくく。何か負け惜しみでもあるの、オタクちゃーん」
「……ねえよ。帰っていいだろ?」
 これ以上付き合っていられない。亮祐はくるりと踵を返し、屋上のドアノブに手をかけた。
「あん、ちょっと待ってよ、長塚君♪」
「なんかまだ用か」
 面倒臭げに振り返ると――パシャ、と聞き覚えのある音がした。
 一人がデジカメを片手に、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべている。
「……さっきといい、何のつもりだ?」
「さあて、ね。明日以降のお楽しみー♪」
「ご勝手に」
 この写真、ロクなことには使うまい。
 ますます気が滅入るのを自覚しながら、亮祐は屋上を後にした。
 背後から聞こえる、嘲笑を背に受けて。


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