担任の真壁が入ってきて、教壇に立った。
 年の頃は30代前半、担当教科は地理。
「そんじゃあ、帰りのHR始めるぞー」
 続けて連絡事項や、提出期限の迫った宿題などを告げ、後は挨拶で終わる――はずだった。
「後は……そうそう、中間テストと文化祭が近いからな、ちゃんと勉強して、企画を考えておけよ。想定外のことがあったからって浮ついていると足をすくわれるぞ。……誰かさんみたいにな?」
「?」
 意味ありげな発言に、クラス中が首を傾げた。
 無論、亮祐も首を傾げていた。
(一体、何を言ってるんだ?)
「身分不相応な出来事に夢中になるなってことだな」
「先生、何を言ってんです?」
 一人の生徒が、訳がわからないと問いを発した。
 その問いは、クラス中の総意に近い。
「そのまんまの意味だって。運動にしても、勉強にしても――恋にしても、な。身の程を知れって言ってるんだよ」
『…………!!』
 その一言で――クラスの全員が即座に、瞬時に――間違うことなく、何を言っているのかを理解し。
 視線が亮祐に集まった。
「俺には何を言っているのかわかんないんですけど」
 亮祐は半眼になりながら、真壁を睨んだ。
 当然、真壁が何を言っているのかは、イヤというほど理解できた。だが、なぜそんなことを言い出したのかがわからない。
「ほう? お前がいの一番にわからないとまずいだろうに。人生で最大の幸運が訪れて頭がパッパラパーにでもなったか?」
 担任教師が唇を歪めて吐き出す。
「俺に人生最大の幸運ですか? なんでしょうねー?」
「長塚、お前、本当に頭おかしくなったのか? あれが幸運じゃなければなんだというんだ?」
「幸運? はっきり言ってくれませんか? 『あれ』ってなんです?」
 予想はついている。間違いないのだろうが……。あくまでもすっとぼけた。
「本気で言ってるのか。わかってるくせに言ってるのか?」
「……ああ、あれですかねー。校内随一の美少女と言われてる女の子が、俺に手作り弁当作ってきてくれてることですか。で、それが何か?」
 それがどうした、言わんばかりの態度を亮祐は取った。実際には、美味しい弁当を作ってきてくれているのだから、嬉しい。
 だが、なぜこの担任教師に馬鹿にされるようなことを言われなければならないのか。
「それがどうした、だと? どれほどの幸運をお前が今手に入れてるのか、わからないようだな? ――全く、何でこんなオタク馬鹿に……」
 信じられないといった感じで首を振る真壁に、亮祐はある予感がしていた。
「で、それが先生と何の関係があるんです? 俺と彼女の問題ですよ」
「彼女だと!? 長塚、お前……!」
 ギロ、と真壁が目を剥いた。
「だから、何で先生がそれに拘るんですか。関係ないっしょ」
 段々イライラしてきた。
 関係ないはずの真壁がなぜここまで食いついてくる?
「言うなあ、長塚。お前ごときがあんな美少女と仲良くなってるなんて、ありあえないはずなんだがな」
「大きなお世話です。つか、あれですか、羨ましいんですか俺が?」
 まさかとは思うが、こうまで言われるとそうだとしてもおかしくない。
 むしろそう考えたほうがしっくり来る。
「羨ましいだと!? ふざけるな、長塚。お前、何様だ。調子に乗るなよ!?」
「ふざけてるのは先生でしょうが! 難癖付けてきてるのはそっちです!」
 あれやこれと亮祐を馬鹿にし、侮蔑の言葉をぶつけてきているのは真壁のほうである。
 相手は教師とはいえ、言い返したくなって当然だろう。
「難癖か……、言うなあ、長塚。まだわかってないようだな。……おい、今週の掃除当番!」
 真壁はいきなり掃除当番の生徒の手を上げさせると――亮祐を見てニヤリと笑った。
「長塚、今日、お前と掃除当番代われいいな」
「な、なんで!?」
 今度は亮祐が目を剥いた。いくら何でも酷い。
 だが、真壁は全く意に介さず。
「うるさい。言っとくけど、お前サボったら永遠に掃除当番だからな。わかったか?」
「……横暴じゃねえ?」
「黙れ。言ったろ、身の程を知れってな。――起立!」
 さっさと号令を掛けてしまうのだった。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
24話 意味不明な理不尽

 机を後ろに下げながら、亮祐は愚痴った。
「なんなんだ、あの真壁は。意味わかんねえ」
「全くなあ。リョウに八つ当たりしてるみたいに見えたけどな」
「本当だね。先生、おかしいよ、あれは」
「……実際にさ、羨ましかったんじゃないの、真壁。長塚のことが」
「まさか〜」
 清の発言を笑い飛ばそうとした亮祐だったが、他の三人は全く笑わなかったので、口を閉ざした。
「あり得るかも……」
「うん、あり得る……」
「だろ……?」
 妙な目配せをし合う三人。亮祐は疑念を振り払うかのように、机をわざと大きな音をさせて運んだ。
「馬鹿言ってないで、掃除掃除。……でもありがとな、手伝ってくれて」
 真壁は亮祐一人で掃除をさせるつもりだったに違いないが、見かねた三人が手伝いを買って出てくれたのである。
 バレたらまずいんじゃないかと思ったのだが、三人はどこ吹く風で有無を言わせなかった。
「いいってことよ。んじゃ、さっさと掃除終わらせて帰ろうぜ」
 英治の言葉に清と穂乃果も頷いて、机を運び出し――。
「あー! 長塚君、いたー!」
「え? ……小笠原、さん?」
 高い声に振り向けば。
 不機嫌そうに唇を尖らせた千尋が、教室の出入り口に立っていた。
「もー! 昇降口で待ってたのに、全然来ないんだもん。言ったじゃない、『今日一緒に帰ろう』って。長塚君の意地悪ー!」
「え。あ、ちょっと待って! 忘れたわけじゃないって! ホラ、これ見てよ、掃除が」
 亮祐は慌てて弁解した。
 確かに連絡すらしなかったのは悪い。だが、理不尽に掃除当番にされたことへの怒りでそれどころではなかったのだ。
「あれ、本当だ。今日、掃除当番だったの? だったらそう言ってくれれば良かったのに」
 何も知らない千尋の台詞に、亮祐は引き攣った笑みを浮かべた。
「……そうだねー、ついさっき、いきなり掃除当番を命じられたからねー」
「――え? どういうこと?」
 小首を傾げる千尋に亮祐は深いため息を吐いて、肩をすくめた。
「説明するよ。で、悪いんだけど、掃除、手伝ってくんない?」


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