疑問の目を向けられた当の二人は僅かに眉をしかめると、困ったように顔を背けて頬をポリポリ掻く仕草を見せた。
「いや〜、それがさ。この前彼氏にラブレター事件のこと話したら『お前、人として最低だ』って言われちゃってさ、困ってるんだわ」
 椿が言えば、横で純子も頷いた。
「あら、椿も? 私も親に面白いだろうと思って話したら、『人の心を踏み躙ることをしてるんじゃない!』って凄い剣幕で叱られてね。『すぐに謝ってこい!』って、言われててね……」
 純子は、はぁ〜とため息を一つ。
「でも、今更謝りに行きづらいでしょ? だからね……」
 二人は顔を見合わせ、更に深いため息をついた。
「そうなんだ……」
 二人ともあのことはホンの軽い気持ちでやったに違いない。それが、周りの人たちから見れば看過することなどできない、人道に悖る行為。
 それをごく親しい人に指摘され、困っているのだろう。
「謝る必要なんかないわよ。長塚なんかに」
 璃々は吐き捨てるように言ったが、椿と純子は渋い顔をした。
「そういうわけには行かないのよ。私と純子はさ」
「そうよ。私は家族と。椿は彼氏と溝が出来ちゃってる。それじゃ困るのよ」
「家族はともかくとして。椿、何であなたの彼氏はオタクを擁護するようなことを言えるわけ?」
 璃々は標的を椿に定めたらしい。鋭い眼差しで見つめる。
 椿は「ああ、それはさ」と小さく頷いた。
「彼さぁ、大学生なんだけど……。大学ってさ、普通に漫研とかアニ研とかあってそういった連中も多いらしいのよ。彼にもオタクの友達いるみたいだし。『アニメオタクだっていうだけど、後は普通だぞ? 偏見持ちすぎだ』って。それ聞いてちょっと意外だったんだな、これが」
「そうなの?」
 大学には多くのサークルがあって、個性的なものも色々とあるとは聞いていたが、アニメ関係が普通にあるとは。
「うん。それに、ほとんどのオタクってちゃんとわきまえてて、アニメが嫌いな人とか苦手な人の前じゃあまりそういう話はしないんだって」
「あら意外。どこでも関係なしに話すもんだと思っていたわ」
「そういう人もいるにはもいるらしいけど、原則線引きしてる人が殆んどだってさ。それに、元ネタとか設定とかの深いところまで考察するから、マニアックな知識持っている人も多くて、そういう話を聞くのも楽しいって彼が言ってた」
「へえ……。頭いい人が多いってこと?」
 純子が目を丸くした。意外な事実を聞かされて驚いたのだろう。
「一概には言えないらしいけど。でも、そういう人たちも、普通に彼女欲しいって思ってるんだって」
「あ、やっぱり。長塚君もそんな感じだったよ」
 アニメオタクだと明言していても彼女は欲しくないとは一言も言っていなかったし、むしろ欲しいという感じだったのは間違いない。
 ただし、条件として『アニメオタクだということを理解してくれる』が必須の条件になっているので、相手にもされないらしい。
 その辺りのことが原因で、『オタクには彼女ができない』という哀しい噂の一因になっているとのことだった。
「ああ、そうなんだ。まあ、中には生理的にヤバいのもいるらしいけど、長塚はそんなことないんでしょ?」
「うん、全然。話していても楽しいし、私の話もちゃんと聞いてくれるよ」
「なら問題ないんじゃない。頑張りなよ」
「うん、ありがと」
 親友の声援に、千尋は笑顔で頷いた。
 しかし、否定しかしていなかった璃々は、何も言わずに自分の席へと戻っていってしまった。
「璃々ちゃん……」
 千尋は悲しくなって俯いたが、その肩を椿が宥めるように叩いた。
「気にしなくていいって。璃々も混乱してるんだけだからさ、大丈夫だよ。長塚のこと、わかってくれる日も来るって」
「うん……」
「よし。で……なんだけど。あの事件のこと、長塚に上手く謝るにはどうしたらいいかなあ? ちっひー、何かいいアイデア、ない?」
「あ、私も私も」
 椿と純子にせがまれ、千尋は「そうだねー……」と宙を見上げた。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
23話 一計を案ず

 ――千尋はあることを思いつき、ポンと手を打った。
「そうだ、一緒にお昼食べよう? そのときに謝ればいいんだよ。長塚君だって『謝らなきゃ許すつもりはない』って言ってたけど、それって裏返せば謝ってくれれば許すってことだもん。だから、ね?」
「私たちも一緒に食べて大丈夫?」
「大丈夫だよ。長塚君、優しいもん。ちゃんと謝れば許してくれるから」
 不安げな純子に千尋は頷いてみせた。
 千尋としても、好きな人と親友がいがみ合っている状況はなんとかしたい。これを切欠に仲直りしてくれれば、いうことはない。
 和気藹々と一緒に昼食を食べる……それは素晴らしいことのように思えた。
「う〜ん、長塚が許してくれるかちょっと不安だけど……。ちっひーがそう言うなら、信じてみますか」
 椿もいささか不安げながらも、千尋を信じることにしたらしく、うんと頷いた。
「任せて。明日また長塚君とお昼食べるからさ、そのときね。……あ、言っておくけど、二人とも?」
「何?」
「何さ?」
「真面目に謝るんだよ!? いい加減に謝ったって長塚君許してなんかくれないからね? わかった!?」
 千尋はしっかりと釘を刺しておくことにした。
 適当に謝られて、再び亮祐の怒りを買うことは絶対に避けたい。今度怒らせたら、二度と修復することは叶わないだろうから。
「わかってるってば。あたしだってさ、彼氏にこれ以上怒られるのいやだもん」
「私だってそうよ。家族に白い目で見られるのは勘弁願いたいわよ」
 椿と純子が小さくため息をつきつつ、肩をすくめた。
「大丈夫かなぁ……」
 謝る動機に不純なものしか見えないのが若干不安になったが、これ以上疑っても仕方ない。
 千尋は取り敢えず、二人を信じることにした。
 明日になれば、わかるだろう。


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