千尋の力強い宣言に。
『おおー』
 パチパチパチ。
 三人が心底感心したように拍手をしていた。
「誰も俺の味方はいないのか……」
 その様子を見て、亮祐はがっくりとうなだれた。
「おいおいおい。何を黄昏てんだよ、リョウ。いいじゃないの、こんなに可愛い子に好きだって言われてんだからさ」
「気楽だねー、お前は……」
「? 何だよ、何か気に食わないことでもあるのか?」
 はあ、とため息をついて、亮祐は首を動かして周りを示した。
「周りをよく見ろ。そして、そいつらの俺に対する感情を読み取ってくれ、頼むから」
「は? 何言って……」
 英治が何のことやらわからないといった顔つきで亮祐と同じように周りを見回し――目が点になった。
「何だ、アレ……」
「へ? どしたよ、高見沢」
「どうしたの?」
「?」
 他の三人も、英治が固まった方向へと視線を向け――同じように固まった。
『何、あれ!?』
 そして、口から出た言葉も同じもの。
 亮祐もちらりと見て、ため息をついた。
「あれがあるんだよ……」

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
21話 噂は千里を駆ける

 ――教室の出入り口。
 そこには一体いつからいたのか、何人もの男子生徒が押しあい圧し合いしつつ、こちらを覗き込んでいた。間違いなく、亮祐たちを見ているのだ。
 どの目も友好的なものはない。誰もが嫉妬と羨望に彩られた眼差しで、こちらを睨むように見ている。
「なんか怖い……」
 怯えた目で身体を震わせる千尋。いつもであれば、友達と楽しく食事をしているはずだから、こんな風に敵意でもって見られるということ自体ないのだろう。
「大丈夫だって。無視決め込め、無視」
 励ますつもりで千尋の背中をポンポンと叩き、ついでに頭もくしゃくしゃと撫でた。
「あ」
「うん?」
 千尋が心底驚いた表情を浮かべたので、どうしたのかと思ったのだが。
「う、ううん。何でもないよ、えへへ……」
 すぐに今度は心底嬉しそうな表情になったので、首をかしげる羽目になった。
「ならいいけど。とにかく気にしなければいい――って、うおっ!?」
 ギギギギ、と。
 何かを擦る音が聞こえたので、何の音かと振り返ってみると、そこにいたのは。
 南雲璃々。
 鬼すら裸足で逃げ出す形相で。
 ――音は、璃々が発する歯軋りだった。
「り、璃々ちゃん……」
 千尋もそれに気づき、顔を引き攣らせた。
 しかし。
「あ、椿ちゃんに純ちゃん」
 南雲璃々の隣にいたのは、残りの本田椿に住友純子。
 椿はこちらの視線に気がつくと、ニシシとばかりに笑って手を振ってきたので、千尋が振り返していた。
「あ〜あ。しかし、これから大変だな、リョウ」
「助けてくんない?」
 同情の声に一縷の望みをかけてみるが、中学以来に親友は、あっさりと首を横に振った。
「ムリ。小笠原さんと付き合っていく上で必要なことだろ。頑張ってくれ」
「ち。冷たい奴だな、全く」
 亮祐は舌打ちし、横目で群がる集団を見た。
 これからは、今までのような学園生活は到底送れまい。何せ、校内一の美少女と仲良く食事をしていることが学校中にばれたのだ。一体いかなる影響があるのか、想像するだけで恐ろしい。
「ま、これからは開き直って、仲のいいところを見せつけるんだな。そうすりゃ、そのうち連中も諦めんだろ」
「物凄い試練の日々に思えるんだけどさ、それって俺の気のせいか?」
 何だか闇討ちとかされそうに感じるのは杞憂に過ぎないのだろうか?
「……いくら何でも、大丈夫でしょ。そこまでの馬鹿はいないんじゃないかなあ?」
 答えたのは穂乃果だったが、その表情は懐疑的で、不安を感じさせるの十分過ぎた。
「どうかな。小笠原さんの人気って、俺らが想像している以上だと思うんだけど。小笠原さんは自分の人気、どこまで自覚してる?」
「え? 私の人気?」
 今まで黙っていた清が水を向け、千尋は目を丸くした。
「そう。いくら何でも、『人気なんかないよぉ』とは思ってないでしょ?」
「えっと……。私の容姿が人より整っていることは自覚してます……」
 千尋は小さな声で俯きがちに答えた。言うのが恥ずかしいのか自慢しているように聞こえるためか。恐らくはその両方だろう。
「言い方が失礼だよ、キヨちゃん」
「そうか?」
 穂乃果が清を軽く睨むが、千尋はパタパタと手を振った。
「え、いいよいいよ、阿部さん。坂本君が私のことを気遣ってくれているのはわかってるから」
「結構なお人好しなのね、小笠原さん。とにかくこれは長塚君と小笠原さんの問題なんだから、二人でどうにかした方がいいよ? 私たちにできるのって結局はアドバイスくらいだし」
「それで十分。俺にできることって気にしないことだけだし。奴らが飽きるまで放っておくさ」
 亮祐は食べ終わった弁当箱を千尋に渡して、頭の後ろで手を組んだ。ここまで来たら、腹を括るしかない。何を言われても毅然とした態度でいれば、いずれは周りの態度も軟化していく――と思いたい。
 思いたいったら、思いたい。
「私も璃々ちゃんたちにちゃんと自分の気持ちを話してみる。わかってもらえれば、また変わるだろうと思うから」
「それは是非とも頼みたい」
 あの南雲璃々の表情――最早殺意を通り越して怨念の塊である。残りの二人はどちらというと面白がっているように見えるが、あの事件の犯人である。油断はできない。
 悪意なき悪意――それが相応しい気がする。
「それじゃ、私はもう戻るね。そろそろ時間だし」
 腕時計に目を走らせ、千尋が立ち上がった。時計はもう12時50分を回っている。たむろしていた生徒たちも、半数以下に減っていた。
「何か色々と大変なことになりそうだけど……頑張ろう」
 亮祐は半分自分を励ますつもりで千尋にエールを送った。
「うん、わかってるよ。ちゃんと明日もお弁当作ってくるから、心配しないでね」
「いや、してないから」
 そんなことに気を回せるほど余裕はない。もしできていたら、とっくにこの状況を乗り越える策を考えついている。
 千尋はそんな亮祐などお見通しなのか、コロコロを笑いながらそっと耳打ちしてきた。
「明日も美味しいお弁当作ってくるから、期待していてね。それと――」
「?」
 一旦顔を離し、もう一度耳元で囁かれる。
「今日、一緒に帰ろうね」
 ――と。


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