〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
2話 再会?

 放課後。
 授業を全て終え、亮祐は英治と連れ立って教室を出た。
「さて。今日はどうする?」
「どうするって、何が?」
 英治の問いに、首をかしげると、手をぴょこぴょこと動かして見せた。
「ゲーセン。行くか?」
「お前がやりたいのは脱衣だろ」
 脱衣とは、「脱衣麻雀」の略。
「いや〜ははは。健全たる男子といたしましては、どうしても……ね」
 裸が見たい、と。
「そんなに裸が見たいなら、彼女作って、その子に見せてもらえ」
「あのなあ。こんなオタクに彼女なんて早々できるわきゃねえだろ」
 英治の呆れの視線。確かに、これは失言だった。
「すまん。そりゃそうだな」
「おうよ。しっかし、彼女欲しいよなあ……」
 オタクやめれば多少は違うだろうけど」
 一応の建設的な意見を亮祐は出したが、英治は肩をすくめた。
「無理。俺がアニメオタクを辞めるなんてありえない」
「断言ですか」
「リョウもだろ」
「仰るとおり」
 亮祐も肩をすくめて答える。
 大好きなアニメを放り出せるくらいなら、そもそもオタクなんざやってない。
「ま、俺らを受け入れてくれるような、奇特な彼女が現れてくれるのを期待しますかねえ」
「随分後ろ向きな発言で」
「ほっといてくれ」
 そんな会話をしつつ、玄関で靴を履き替えていると、英治は「ん?」と目を細め――。
「それがあんな子だったら最高ですな」
 と嬉しそうに声を上げた。「んあ?」 英治の視線の先に目をやれば、数人の女生徒が歩いてくるところだった。
「どの子?」
「前から二番目。あの飛び切りの美少女」
 英治の示す子に顔を向け――思考を奪われた。
「おう……」
 歩いてくるのは四人の少女たち。その中で、英治の言う前から二番目を歩いている少女が、まさに飛び抜けた容姿をしていた。
 別にその他の三人の顔立ちが悪いとかそんなことは全くないが、その子だけが別格としか言いようがないほどに可愛かった。
 艶やかな黒髪、黄金率はこの子のためにあるのではないかと思えるほど、整った貌にすらっとした体躯。
「可愛いだろ? 1‐Bの小笠原千尋ちゃん。学校一の美少女だし、誰もが振り返る至高の華。性格もいいらしいし。ヤバいくらいに高スペックだろ?」
「……認めるわ」
 少しばかり見惚れていたのを自覚する。
 なるほど、確かにあんな子が彼女であったら、文句なぞ出ないだろう。
「そうだろそうだろ。全生徒の憧れの的って奴だ」
 英治が嬉しそうに頷く。当然、英治も憧れているのだろう。
「ごめんなさい、通してくれる?」
「おっと。悪い、道塞いでた」
「失礼した」
 美少女を肴に話している間に、玄関を占領してしまっていたらしい。二人は慌てて脇へ避け、件の四人が通り過ぎるのを待った。
 と。
 自然とその美少女を目で追っていたのだが、視線を感じたのか、ふと振り返り――亮祐と目が合った。
「あ……」
「……あれ?」
 少女が何かに気付いたように声を漏らし、亮祐も小さく声を上げていた。
 よくよく見れば、少女には見覚えがある。それもごく最近――。
(そうだ、この前の……)
 本屋でコミックを取ってやった、あの時の少女。
 ただ、あの時は少女のことなんて気にもしていなかったし、会話らしい会話もなかったし、というかそもそもあまり顔をよく見てなかったからだが、それがこの美少女とは気がつかなかった。
 そんなこともあるもんだな、なんて思っていると、少女は誰にも気付かれないように小さく会釈したので、亮祐は小さく肩をすくめた。
 気にするな、の意思表示のつもりだったが、通じたかどうか。
「? リョウ、どないしたよ」
 英治が聞いてくるが、首を振った。
「別になんでもないさ。んじゃ、ゲーセン行くか。付き合うぜ?」
「おお、サンキュ。行くべ行くべ」
「今日こそは全クリを! 侑子ちゃんを全部引っぺがす!」
「はいはい。軍資金が尽きなきゃいいけどなー」
「それを言うな!」

 休み時間。
 亮祐は今日も英治とたわいない会話を楽しんでいた。
「でさ、リョウ」
「ん?」
「昨日の小笠原さん、覚えてるだろ?」
「いくらなんでも、昨日の今日だ。覚えてるよ」
 しかも、あれだけの美少女だ。覚えてないほうがどうかしている。
「うんうん。さすがに覚えてたか」
 意を得たり、とばかりに頷く英治に、亮祐は首をかしげた。
「その小笠原さんがどうかしたのか」
「いや〜? ただ小笠原さん談義でもしようかと」
「……暇人」
 呆れて亮祐は肩をすくめた。何が『小笠原さん談義』だ。名前と顔以外、何にも知らんというのに。
「そう言うなよ。ただ、たまには健全な話でもしようと思っているだけなのに」
 手をヒラヒラとさせて笑う英治に、亮祐は苦笑した。
「わかったわかった。なら、言え。言っとくが、俺は彼女のこと本当になんも知らんぞ。名前だって昨日知ったんだからな」
「それはそれですごいんだが……。でさ、可愛いのは認めるんだろ?」
「認めないとしたら、世界中の男を敵にするな、俺は」
 もしくは、真性の変態扱いだ。
「ふふん。そうならない為にも、ちょっとばかり小笠原さんの話をしようかと」
「わかったわかった。で、何を話したんだ、お前は」
 ささっと先を言え、と促す。
「うん。小笠原さん、あんなに美少女だが。彼氏、どんな奴だか興味ないか?」
「へえ? どんな奴?」
 学校一の美少女の彼氏。それはそれは興味がある。
「それがな――いないんだ」
「は?」
「いてもおかしくない――逆にいて当然なくらいだけど、いなんだな、これが」
「みんな気後れしてるってか?」
 声すら掛けることもままならない、そんな感じなのだろうか。
 しかし、英治は意味ありげに首を振った。
「ちゃうちゃう。むしろ告白されまくってるよ。俺が知るだけでも、数十人からされてる」
「数十人!? そりゃまた結構な数で……」
 さすがは、と呟きかけたが、英治はチッチッと指を振る。
「?」
「今言った数は、あくまでも俺が知っているだけの数。ほぼ毎日四、五人から告白されてるらしいし、このペースでいくと三年後には日本の男子の半数が告白することに――」
「どういう統計だよ」
 どっからそんな計算式を掘り出したのだろう。
「俺のオリジナル」
 ふんぞり帰る英治の頭をはたき、亮祐はこめかみに指を当てた。
「勝手に作るなよ」
 全く、と呆れてしまう。英治はこういうわけわからん統計を作り出すのが好きだから、始末に終えない。
 殆どは一発で捏造だとわかるたわいないものだが。
「でも実際、この学校の男子の半数は告白してんじゃないか?」
「ほう?」
「入学して半年も経たないうちにこの数。すげえもんすよ」
「でも全て玉砕か」
 半数の男子が玉砕。全校生徒八百余名、単純計算でその四分の一――約二百名。考えてみれば、とんでもない話である。
「そ。誰も彼もが玉砕。2−Eの田坂武文、知ってるだろ? あいつも見事に玉砕」
 英治は2年の人気.1の男子生徒の名前を出してきた。 「田坂さんもねえ。あれ、でもあの人、彼女いなかったっけ? 前にどっかで聞いたことが」
 首をかしげる。以前、田坂先輩が彼女らしき人と歩いているのも見たことがあるのだが。
「うん。小笠原さんに惚れて別れた、と」
「マジかい!?」
 うわあ……と呻きを上げた。わざわざ彼女と別れてまで告白して玉砕じゃ……救われない。一番救われないのは振られた元彼女だろうけれども。
「他校生も告白しに来ることもあるみたい」
「そこまで!?」
「うい。もちろん撃破。この前もやけにキザなのが来てたよ。来たときは自信満々、帰るときは茫然自失だったけど」
「くくく」
 思わず笑ってしまう。なんとなくそのときの光景が頭に浮かんだからだ。
「まあ、そんなのが日常茶飯事であるわけさ。そういう意味では小笠原さんも大変だろうよ」
 同情するかのように、英治は小さく息をついた。
「確かに。でも、そんなに凄いと誰が小笠原さんを彼女にするのか、賭けの対象にでもなりそうだな」
 圧倒的な倍率で、「誰もいない」になっていそうだが。
「あはは。そうかも。もしあるんだったら俺も一口乗ろう」
「俺も俺も」
 なんて話していると――。
(何よ、あいつら……。小笠原さんの話してんの?)
(オタクの分際で……)
(千尋ちゃんの話してんじゃねーよ)
 男女問わずのヒソヒソ話。亮祐は英治と顔を見合わせ、同じタイミングで肩をすくめた。
「どうやら俺たちは可愛い女の子の話をすることすら嫌がられるらしい」
「それすら許されないわけね」
 呆れて反論する気すらない。
 いくらオタクだろうとも、可愛い女の子に興味を持って何が悪い。話をして何が悪いというのか。
「ふん。ま、ほっときゃいいさ」
「何を話そうと俺たちの自由」
 ニッと笑い、会話を再開しようとして――響く授業開始のチャイム。
「ここまでか」
「タイムリミット」
 英治は席に戻り、亮祐も次の授業の準備を始める。
(小笠原千尋、か。言うだけの可愛さではあったよな)
 ふと、そんなコトを思った。

 夜。
 自室の机に座った少女は、憂鬱にため息をついた。
「はあ……。どうやって渡そう……」
 机に置かれているのは一通の封筒。リスがドングリを齧っている絵がデザインされた、可愛らしいものだ。
 この手紙を秘めたる想いと共にある少年に共に渡したくて仕方ないが、その機会がなかなか来ない。クラスも違うし、そもそも殆ど接点がない。直接の手渡しが理想なのだが、衆人環視の中で渡せるほどの勇気はない。
 人目のないところに呼び出して手渡す――これが自分の理想の告白だ。
 だが、どうやって呼び出すか。それ自体が大変に難しい。彼のクラスに乗り込んで呼び出せば、それこそ注目の的。かといって、友達に頼むというのも巻き込んでしまいそうで、気が進まない。
「うう。仕方ないかなあ……。この方法で行こう」
 少女はある方法を取ることに決め、封筒を残りのレターセットの中に丁寧に仕舞い、鞄へ細心の注意を払って仕舞った。
「どうか、上手く行きますように」
 恋する少女は誰ともなしに呟き、机の電気を消した。



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