少年は、再び出会ったその少女に、胸が高鳴るのを自覚した。
「や、やあ……。また会ったね」
 少女は瞬きを二、三回繰り返したが、すぐに笑顔になると大きく頷いた。
「はい! またお会いしましたね」
 駅近くにある大型書店。
 本日発売の新刊を買いに来ただけだったのだが、まさかここで少女に会えるとは思っていなかった。
「う、うん。俺は本を買いに来たんだけど……君は?」
 そう訪ねると、少女はきょとんとした後、コロコロと笑った。
「やだ、ここは本屋ですよ? 本を買いに来たに決まってるじゃないですか」
「あ、あはは。そりゃそうだね」
 何を間抜けなことを聞いているんだと自己嫌悪に陥りつつ、少年は無理矢理笑って見せた。
「ええ、そうですよ。……あ、そうだ」
「?」
「この後お時間あります? ここでお会いしたのも何かの縁ですし、よろしければお茶でも」
「――!?」
 思わず息を呑んだ。
 まさか、誘われるとは夢にも思っていなかったから。
 だが、少女は少年の反応を悪いほうに取ったらしい。不安そうな表情で口を開いた。
「あの……。もしかしてご用時がありました? でしたら――」
「いやいやいや! 何も用事はないよ! 喜んで付き合う!」
 ぶんぶんと勢いよく首を振り、少年は賛同の意を示す。
 少女はほっとしたように柔らかな表情となり、「それでは行きましょう。美味しいケーキのカフェがあります」と歩き出した。
 少年もその隣に急いで立ち、遅れないように歩き出す。
 少年は少女の整った容貌をチラリと見つつ、あることに思い至った。
 自分はまだ、少女の名前も知らず、名乗ってもいない、と。
 このチャンスは逃してなるものか。せっかく再会できたのだ。自分の名を名乗り、少女の名を訪ね、出来れば、連絡先もゲットしたい。
 これほどの美少女と知り合うことなど、小笠原千尋を除けば、今後絶対にないと言い切れるのだから―。

 少女は内心で舌を出した。
(……チョロイ)
 軽く餌をぶら下げたら、あっけなく喰いついた。
 まったく拍子抜けだった。
 あれほどの彼氏なのだから、と長期を覚悟していたのが馬鹿らしくなるほどだった。
(美少女の彼氏になって調子付いたのかしらね。自分はモテるんだと。……ふん、アホらし)
 だとしたら、馬鹿としか言いようがない。調子付いた勘助ほど哀れなものはないというのに。
「ふふ」
 我知らずに笑みが零れる。
 あの美少女から男を奪い取ってやるという優越感と、達成報酬の充実感。
(さて。どう料理してやろうかしら――)

 だが。
 少年も少女も気がつかなかった。
 二人の様子を、一人の少女が見つめていたことに。
 栗色をしたセミロングのヘアスタイルの少女は、秀麗な表情を僅かに顰めると、さっとその場を立ち去った。
 瞳にに嫌悪の色を浮かべながら。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
 9話 千尋、動く

 英治は、怪訝な面持ちで訪ねた。
「……何してんの?」
「ひゃ!?」
 声をかけると、少女――千尋は、文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。
「そんなに驚かなくてもいいじゃん」
 幾分呆気に取られながら、英治は「で?」と首を傾げた。
「ん? でって?」
 千尋も可愛らしく小首を傾げたが、英治は軽くため息を吐いた。
「その不審な行動の意味」
「ふ、不審じゃないもん! 今後のことを考えた調査だもん!」
 呆れと共に呟くと、千尋は憤慨したように手振りを加えて強く言ってきた。
「物陰からじっと伺っている様子は充分に不審者だと思うけど……調査?」
「そう! 亮祐君が最近怪しいから、浮気でもしてるんじゃないかと――あ!」
 思わず口に出してしまったことに気づいたらしく、千尋は慌てて手で口を覆ったが、今更遅い。
「浮気〜? リョウの奴がぁ?」
 思いっきり疑わしげな眼で、英治は千尋を見やった。
 どう考えても英治の知る亮祐は浮気なぞするタイプではないし、そもそも浮気できるほど器用でもなく、モテもしない。それ以前に、千尋ほどの美少女と付き合っていて、浮気なんてとてもする気は起きないと思うのだが……。
「私だってそうは思いたくないけど……。でもでも! 最近亮祐君がおかしいのは事実だし」
「おかしい、ねぇ……?」
 英治は首をかしげた。
 そもそも、ここ最近で亮祐におかしいところなんてあっただろうか。
「そうなの! ていうか、高見沢君、何か知らない? 亮祐君の親友でしょ? 最近亮祐君に何かあったとか」
 必死な瞳の千尋に訪ねられるが、英治は肩をすくめて首を振った。
「はっきり言って、ない。全くもってない」
 断言すると、千尋は一瞬目を伏せたが、すぐにうんと頷いた。
「わかった、ありがとう! ……あ、亮祐君が行っちゃう! じゃあまたね!」
 先を行く亮祐を尾行するのだろう、千尋は英治に軽く手を振ると、静かに歩き出した。まるで猫のように抜き足差し足……のつもりなのだろうが、傍から見るとおっかなびっくり歩いているようにしか見えない。
 そして、その様子は限りなく怪しい。これではすぐに亮祐にだってばれてしまうだろう。
 英治は嘆息すると千尋を追って歩き出した。
「ちょい待ち。俺も付き合うわ。リョウのやつが浮気するなんて信じられないけど、俺も一緒に確かめる」
 千尋の横に並んでそう告げ、同じように前の亮祐を伺う。
「ほんと? ありがとう。一人じゃ私もちょっと不安だったんだ。高見沢君が一緒だと心強いよ」
「おう」
 嬉しそうに微笑む千尋に軽く頷き、英治はチラッと千尋を覗き見た。
 ――女の子に頼りにされるのって悪くないよなー、いいなーリョウはこんな美少女の彼女がいて……俺も彼女欲しいなー、と、素直に羨ましがっていたのだった。


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