千尋は決意した。
 椿に煽られたせいもあるが、間違いなく隠し事をしている亮祐の秘密を確かめてやろうと。
(そのためには……)
 事前の準備が肝要だ。
 そして、当然のことながら、そのことを亮祐に知られてはならない。
 静かに、冷静に、突き止めていくのだ――。
「うん、絶対に突き止めてやるんだからっ」
 ここに。
「名(迷?)探偵・千尋」が爆誕した。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
8話 決意と悪意

 少女は物陰より、冷徹な瞳で見つめていた。
「相も変わらず仲のよろしいこって」
 視線の先にあるのは長塚亮祐と小笠原千尋のカップル。
 仲良く速度を合わせ、駅への道を歩いている。
「……さて。どうするか」
 何食わぬ顔で声をかけ、二人の仲を引っ掻き回すというのも面白いが、今はまだその時期ではない。
 もう少し、長塚亮祐を誑し込んだ後のほうが効果は高いだろう。まだまだ、心は小笠原千尋に向いていることは間違いないのだから。
「うーん。しかし、何であんな美少女が、何の変哲もない男に惚れたのかしらねえ……?」
 ゆっくりと二人を尾行しつつ、少女は首をかしげた。
 この自問は何度となくしているのだが、全く答えが出てこない。
 顔も普通、背も高くない、運動神経とて大して良くないだろう。それなのに、だ。
 小笠原千尋にその気があれば、どんなハイスペックの男だって簡単に捕まえられるだろうに。
「世の中ってわかんないもんねえ……」
 少女はボソッと一人ごち――「ん?」と足を止めた。
 前を行く二人の様子に、なんだか違和感を感じたのだ。
 仲良く歩く二人。手こそ繋いでいないが、道路側に長塚亮祐が立ち、内側に小笠原千尋を守るようにして歩いている。
 時折顔を見合わせて何事か話し、小さく笑ったり首を傾げたり――特におかしなところはないはず。
 それなのに、この感じる違和感はなんだろうか。
「……? 何かしらね……」
 鋭く目を細めつつ、少女は今一度二人の様子を一挙手一投足見逃すものかと観察した。
 ――と。
「あれ……?」
 少女の目は、歩く二人の間に向けられた。
 一見すると寄り添うようにして歩いているように見える。だが、よくよく観察してみると、不自然な隙間が二人の間に存在している。
「変よね。……そういえば、話じゃ非常に仲のいい二人だから、帰るときはいつも手を繋いでるって聞いたけど、変に距離開けてるわね」
 奇妙に思い、更に観察を続けていると、二人の表情にも違和感を覚えた。
 別に暗い顔をしているとか、険のある表情をしているというわけではない。千尋は笑顔を見せているし、自然に相槌を打ったりもしている。
 だが、その笑顔と含めた表情全体に、ぎこちなさを感じるのだ。
 なんというか、無理矢理に自身の感情を押し込めているかのような――。
 対する亮祐の表情もなんとも言い難いものに見えた。
 どことなく千尋にどう接していいのか、わからないように見えるし、落ち着かないのか、視線を頻繁にさまよわせている。
「……何なのかしら……。仲睦まじい恋人なんてとてもじゃないけど――」
 思えない、と言いかけ、ふとある可能性が脳裏をよぎった。
「もしかして」
 すでに、自分の仕掛けが効果を生み出しているのではないか?
 長塚亮祐の気持ちが揺れ始めていて、千尋が敏感にそれを感じとっているとしたら――。
 ニィ、と少女の口が吊り上った。
「だとしたら……」
 話は早い。
 もう少し付かず離れずの距離を保ちつつ、長塚亮祐の振り幅を大きくしてからと考えていたが、この分なら仕上げを早めても問題はあるまい。
「それに、考えてみれば、いくらあんな美少女の彼氏だからって、私の誘惑に勝てるわけないのよね。オタクであの子以外に付き合った経験ゼロだって言うし。……フフフフ」
 思わず笑みがこぼれる。
 あの小笠原千尋に勝った!という歓喜が笑みとなり溢れたのだ。
 少女は小笠原千尋本人のことを知らない。今回の依頼で始めて知った。
 こういった仕事をする以上、自分の容姿やセンスにはかなりの自信があった。だが、彼女を見た瞬間、正直言って「負けた」と思った。
 理屈ではなかった。本能だった。
 だが、相手は彼女ではなく、その恋人。ならば、勝てないわけではない。
 それが依頼を受けた理由の一端でもある。
 まあ、他にも依頼金が破格だったこともあるが。
 少女は携帯電話を取り出すと、依頼人に電話をかけた。
「――ああ、私よ、依頼人さん。途中経過を報告しておこうと思ってね。ええ、順調よ、安心しなさいな。そう遠くないうちに、二人の仲は崩壊するから。ふふ。ええ、本当よ。依頼に関して嘘は言わないわ。――あんたも随分とご執心よねえ。いくら小笠原千尋が好きで、長塚亮祐が気に食わないからって、私に依頼するんだからさ」
 ニヤリと笑うと、そのまま続ける。
「ええ、関係ないわねえ。私は依頼を果たす、あんたは金を払う。それだけよ。ただ、彼女がこのことを知ったら、泣いちゃうんじゃないの。まさか、あんたが二人の仲を裂こうとしてるっていうんだからさ――」
 言いたいだけ言って、相手に反論させることもなく一方的に電話を切ると、少女はターゲットのいる方角とは反対へと足を向けた。
 準備は整っている。
 ターゲットの心も揺れている。
 後は最後の一押し。
「さて。それじゃあ、一丁始めますか」
 薄い笑みを、幼さを残した美麗な貌に貼り付けて、少女は最後の仕上げに取り掛かった――。


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