亮祐は決意した。
 このことは絶対に千尋に知られてはならないと。
 知られてしまったが最後、可愛い彼女には泣かれ、友人には罵倒され、あの三人娘には軽蔑されてしまうことだろう。
 だからこそ、絶対に千尋に知られてはならないのだ。
 何があろうとも。墓場まで持っていくのだ――。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
7話 募る疑惑

 呼びかけられていたことに気づき、亮祐は慌てて振り向いた。
「あ、悪い。……えと、何だっけ」
 亮祐のその言葉に千尋はむっと頬を膨らませた。
「ちょっと。何も聞いてなかったの? もう」
「ほんとに悪い。ちょっと考え事を……」
 曖昧に誤魔化すも、千尋が不安そうな表情をするのを見て、慌てて笑顔を形作る。
「……ねえ、何かあったの? ここ最近、ずっと他に気を取られているように思えるんだけど……?」
「え? そんなことないって。気のせい、気のせい」
「……そう?」
 千尋が納得していないのは明白だったが、強引にでも話を終わらせるため、亮祐は話題を無理矢理に変えた。
「可愛い彼女の話を聞いてなかったお詫びに、美味しいスイーツでも奢るわ。何がいい?」
「え? ホント?」
「ああ、もちろん」
 スイーツと聞き、先程までの不安そうな表情を一変させ、千尋は満面の笑顔になった。
「えっとね、それじゃあね」
「ゆっくりどうぞ、お姫様」
 上機嫌になった千尋の様子にほっとしつつ、亮祐は改めて心に決めた。
 ――このことは、絶対に知られてなるものか――と。

 知られてはならない――そう亮祐は決心していたが、そんなことで誤魔化せるほど、千尋の対亮祐センサーは甘くはなかった。
(絶対に何か隠してる……)
 確信した。
 亮祐は千尋に対して、何かしらの秘密を抱えていることは間違いない。
 それも、恐らくは自分に知られてはならない、重大な何かを。
 だからこそ、必死になって、誤魔化そうとしているのだろう。
 しかし、何を隠そうとしているのか、全く持って見当がつかない。
(そりゃあ、亮祐君だって秘密の一つや二つはあるだろうけど……)
 何もプライベートの全てを知りたいなどとは微塵も思ってはいない。自分だって亮祐に全てを話しているわけではないのだから。(断っておくが、疚しいことがあるわけではなく、女の子特有の秘密である)
 特に男子特有の隠したいものについては寛容であるつもりだった。年頃の男子なのだから、持っていても不思議ではないし、むしろ持っていないほうがおかしいと、父親にも、椿にも、果ては璃々にすら言われたのだから。
  もし何かそういった系統の書籍なりDVDなりを買ったりしてしまった程度のことなら――まあ、多少はむっとするが――見てみぬ振りくらいは出来るつもりであるし。
 だからこそ、何をそんなに隠そうとしているのかがわからない。
(本当に、何隠してるんだろ……)
 今すぐにでも問い詰めたいくらいだが、いくら訊ねたところで誤魔化すに決まっている。亮祐の口から言わせるには、その秘密をしっかりと掴んだ上で、言わせなければならないだろう。
 ならば、どうするか。
 慎重に決めなければならない。
「そのためにも、糖分補給補給!」
「え? ちょ、いきなり何さ!?」
 思わず口に出してしまい、亮祐が唖然とした表情を見せた。
「あ、なんでもないよ、あはは。さ〜て、何食べよっかな」
 千尋も適当に誤魔化し、心の半分はこれから食べるスィーツのことを、もう半分は、亮祐の隠し事について占めていた。
(絶対に調べてやるんだからっ)
 そう――決意しつつ。

 少女は依頼主と電話で話しながら口を歪めた。
『安心しなさい。今のところ順調だから。いくらあんな美少女が彼女とはいえ、女に言い寄られたことなんてゼロなんだから、チョロイもんよ』
 うんうんと頷くが、一瞬不機嫌そうに眉をしかめる。
『油断するな、ですって? はいはい、わかってるわよ。確かに、土壇場で色ボケから目覚められちゃ元も子もないからね。慎重に慎重を重ねるわ』
 少女はそして、ふんと鼻を鳴らす。
『そんなことより、依頼料は大丈夫なんでしょうね? 言っておくけど、分割なんて認めないわよ? いくらあんたが自由になるお金があまりないとしてもさ。一括で払ってもらう。――え? わかってる? それならいいけどね』
 その後、二、三言葉を交わし、電話を切る。
「うるさいやつねえ。もうちょっと私を信じて待ってなさいっての。近いうちにお望みの結果を届けてあげるからさ」
 少女はもう一度ニヤリと笑うと、カレンダーへと目を向けた。
「さあて。そろそろ本気を出していこうかしらね――」
 依頼――とあるカップルの破壊――に向け、少女は更なる策を練るのだった。


BACKINDEXNEXT
創作小説の間に戻る
TOPに戻る