千尋は疑問に思って首をかしげた。
 最近、亮祐の様子がおかしいのだ。
 試験が終わった数日経ったあたりからだろうか。
 何かに動揺しているような――ありていに言えば、挙動不審な状態が続いているのだ。まるで何かを隠そうとしているかのように。
 どうかしたのかと訊いても、返ってくるのは「何でもない」という答えになっていない答え。
 当然のことながら、そんな返答で納得するわけもなく。
「何か困ってるとか悩んでることがあったら相談してね? 隠し事はしちゃいやだよ?」
 千尋は何度も亮祐に言っているのだが、当の本人は「大丈夫だから、心配しないでいいよ」といっそう不安になるようなことしか言ってこない。
 何かあったのだろうか――。
 だが、今の状況では亮祐は何も教えてはくれないだろう。
「…………」
 千尋は漠然とした不安を抱えたまま、亮祐を信じるしかなかった。

 〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
6話 疑念と不安 

「……は? 長塚が……浮気?」
 話を訊いた椿は唖然とした表情で聞き返してきた。
「うん……」
 千尋が神妙に頷くと、椿はほぼ同時に噴出した。
「あはははは! ちっひー、それ本気で言ってんの?」
「むぅっ! わ、笑うことないでしょっ。私は本気で悩んでるんだから!」
 笑われたことにむっとして口を尖らせると、椿はようやく笑いを収めて首をかしげた。
「あはは。ごめんごめん。ちっひーの心配が面白くってさぁ」
「私は面白くないっ」
 ぐぬぬと椿を睨むが、当の本人はどこ吹く風。
 まあ、美少女が可愛らしく睨んでも迫力なぞありはしないから当然だが。
「はいはい。うーん、でもさぁ。長塚が浮気なんてしないでしょ。ちっひーなんていうこれ以上ない彼女がいるんだし」
「……てへへ。そうかな」
 褒められ、思わず照れる。
「っていうか」
「?」
「長塚に浮気する度胸があるとは思えないねー。そもそも、あいつと浮気しようっていう物好きいないでしょう」
「むむ。何よ。亮祐君と付き合おうっていう女の子は物好きだって言いたいわけ?」
「うん」
 あっさり即答する椿。
 我慢できず、千尋は勢いよく立ち上がった。
「何よ何よっ。亮祐君格好いいもん、素敵な人だもん! 私にとっては最高の彼氏なの! だから心配なんじゃない!」
 地団駄を踏むが如くに訴えると、椿は苦笑しつつやれやれと肩をすくめた。
「全く……。ちっひーが長塚のことを心底好きなのはわかりました。でもねえ、そんなちっひーを差し置いて長塚とどうにかなろうなんて子、いないと思うなあ。――ねえ、みんな?」
 同意を求め、教室にいるクラスメイトを見回すと、うんうんという頷きが返ってくる。
「――ほらね?」
「むうぅ。それじゃあ、最近の亮祐君のことは私の勘違いなのかな……」
 周囲全員から亮祐の浮気を否定され、さすがに自信がなくなって来る。もちろん、千尋の勘違いであればそれに越したことはない――むしろそうであってほしいのだが。
 だとするなら、ここ最近の亮祐の不審な態度は何なのだろう。
「そんなに長塚のことが心配だったらさ、今度尾行でもしてみれば? 若しくは携帯をチェックしてみるとか」
 思い悩む千尋に、椿がそんな提案をしてきた。
「え?」
「だからさ、尾行。それか、携帯のチェック。そうすりゃ、浮気してるかどうかなんてすぐわかるでしょ」
「でも、それは……。尾行はともかく、携帯チェックはさすがに……」
 やり過ぎなのでは、と言いかけたが、椿に遮られた。
「なぁーに言ってんの。心配なんでしょ、長塚のことが。だったら腹を括る! 携帯のチェックくらいで動揺しない!」
「う、でもぉ……」
「ほー。じゃあ、ちっひーは長塚が浮気しててもいいんだ?」
「――え?」
「長塚が浮気しててもいいんだね? 見てみぬ振りして、あいつがしれっと戻ってくるのを待つってことで」
 千尋は椿の言葉に、一瞬にして泣きそうになった。
「い、イヤ……」
「どうなのさ?」
 さらに追い詰めてくる椿に、ついに千尋は俯いてしまったが友人は容赦がなかった。
「嫌に決まってるでしょ……」
「だったら、実行するしかないでしょうが。泣き言言ってる暇があったら動くの」
「〜〜〜〜〜!!」
 さすがにそこまで言われて頭きて、千尋の体がプルプルと震え始める。
 それを見て、椿はニヤッとすると。
「ま、ちっひーがヘタレなのは今のでよーくわかったから。いざというときに動けないようじゃ、まだまだねえ」
 止めとばかりに言われ、ついに千尋の感情が爆発した。
「わかったわよ! 調べるわよ、調べればいいんでしょ! 亮祐君の潔白を証明して私が彼女だってこと、再認識できればいいでしょ!?」
 椅子を蹴倒して立ち上がり、キッと椿を睨むと当の本人は満足そうに頷いた。
「よし、言ったからには変更は認めないからね。アドバイスとしては、普段通りに生活、長塚が一人で行動した時に尾行、携帯から離れた時にチェック。出来ればメールの設定を弄ってちっひーの携帯に転送するようにする。決して問い詰めたりしないこと。証拠がしっかりとそろってから決戦。――いいね?」」
「う……わ、わかった。けど椿ちゃん」
「何よ?」
「……この状況……楽しんでるよね……?」
 ジト目になりながら椿を見やると、笑顔のまま顔を逸らされた。
「何言ってんのさ、ちっひー。親友の一大事を楽しむなんて、そんな……」
「その態度が既に楽しんでるじゃないっ」
「おほほほほほほ」
「笑って誤魔化さない!」
 うがぁーと叫ぶ千尋と、完全に面白がっている椿。
 二人のやり取りはしばらく続いたのだった。


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