十二分に観察したと、少女は頷いた。
「こんなにもターゲットを観察したのって久しぶりよね〜」
 感心半分、愉悦半分の口調で呟く。
「さてそれじゃあ、近々始めましょうか――」

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
5話 スティンガー

 その少女はにこやかに近づいてきた。
「あの……。ちょっといいですか?」
「え? あ、ああ。いいけど……」
 目をぱちくりとさせて頷くと、少女は嬉しそうに微笑んだ。
「良かった! 優しい人で」
「え? あ、どうも……」
「ふふ。えっとですね、実は道をお訪ねしたいのですけど」
「え、道?」
「はい。ちょっと迷っちゃって……」
 困ったように笑う少女に、なるほどと得心する。
「ん。どこに行きたいの?」
「はい。ここに行きたいのですが――」
 少女が取り出した地図をみると、ある場所が赤字でマークされている。
「あ、ここ? えっと。この場所がここだから……」
 しばらく地図と睨めっこし――。
「ああ。わかるわかる。行き方はね……」
 少女が行くべき方面の道を見ながら地図を指し示そうとして。
 パシ、とその手を掴まれた。
「え?」
「あの、ご迷惑じゃなかったら一緒に行ってくれませんか? また迷ってしまうのは嫌ですし、それに……」
「それに?」
 急に言いよどむ少女に首を傾げると、はにかむように笑った。
「あなたみたいに優しくしてくれる人と、ここでお別れするのは寂しいですから」
「!?」
 思わず目を見開いた。
 初対面であるにも関わらず、こうまでストレートに好意を匂わせる言動を取る少女に、いささかたじろいでしまう。
「あの……。ダメ、ですか……?」
「え、い、いや! ダメじゃないっ」
 子犬のような目で見上げてくるその姿に対抗できるほど、少年の心は強くなかった。
「本当ですか! ありがとうございますっ」
 返事を聞いた少女の表情は、気弱そうな表情から一転、ぱぁと輝く笑顔を見せた。
「…………!」
 その魅力的な表情にしばし見惚れ――慌てて首を振った。
 何をしているんだ! 自分にはあの子がいるってのに! これじゃ浮気みたいなものじゃないか!
 脳裏に大切な少女の笑顔が浮かび上がる。
 ――が。
「……どうかしましたか?」
 無邪気そうに覗き込んでくる少女の前に、それは雲散霧消する。
「あ、ああ。なんでもないよ。そ、それじゃあ行こうか」
「はいっ」
 肩より長い亜麻色の髪を揺らし、ピンクと白を貴重としたワンピースをひらりとさせながら、トコトコと着いてくる少女。
 その姿に再度見惚れてしまいそうになる気持ちを無理矢理追い払い、少女の半歩前を歩く。
 ――こんなところ、あいつに見られたら、やいのやいの言われるなあ。
 中学からの親友の姿を思い浮かべつつ、苦笑する。
 ――でもまあ、大丈夫だろ。
 やや後ろめたさはあったが、ただ道案内しているだけだし、と自分に言い訳する。
「本当にありがとうございます。向こうについたら、ちゃんとお礼しますね」
「え? いいよ、そんなの」
 ただ道案内をしているだけだからと断ったが、
「いいえ! こんなにも親切にしていただいて、御礼も何もしないでは申し訳が立ちません」
 と、少女にきっぱり言われてしまった。
「そこまで深く考えなくていいと思うがなあ……」
「いーえ。親切にしてもらったら、御礼をするのは人として当然のことです」
「はあ……」
 強い口調の少女の様子に説得するのは無理と判断し、少女のしたいようにさせるようにした。
「では納得していただけたようなので。――ところで」
「うん?」
「道はこっちであってるんでしょうか? なんだか先ほどより周りが寂れていっているよな……」
 小首を傾げられ、慌てて地図を見やる。すると――。
「あ! 一本道間違えたっ。こっちだこっち! ごめん――!?」
「? どうかされました?」
「……あ、ああ、何でもないよ。戻ってさっきの道を右だ。ごめんね、間違えて」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
「…………」
 にっこりと笑い、気にしてないというふうに首を振る少女。
 その姿にさっきのは見間違いだよなと、思う。
 一瞬、少女が険しい表情をし、こちらを睨んでいたように見えたのだ。
 そのときの表情は、先ほどまでの可愛らしいものとは一変し、自分と同年代だろうと思われる少女には不相応な狡猾さに満ちていた。
 胸の中に僅かに沸いた疑問に首を傾げつつ、目的地へ歩を進めた。
 
「……ちっ」
 少女は眼前を歩く少年に気づかれないよう、小さく舌打ちした。
 まさか、こんなわかりやすい道で間違えるとは思っておらず、イラっと来てしまい、その心情が顔に出てしまった。
 少年のちょっとびっくりした顔はそれを見てしまったせいか――。
 もちろん、すぐさま気持ちを切り替えて接したため、見間違いだと思ってくれたようだが……。
(危ない危ない。こんなところでポカしちゃ元も子もないからね。でもま、ここさえ凌げば、あっさり上手く行きそうだわ――) 
 少年をこっちに引っ掛けてしまえば、後はどうにでもなる。そうしたら、依頼達成まですぐだ。
(焦りは禁物よね。あれだけ可愛い子が彼女なんだし。少しずつ侵略するとしましょ――) 
 少女はニッと口の端をあげた。


BACKINDEXNEXT
創作小説の間に戻る
TOPに戻る