少女は、その告白に一瞬目を見開いたが、すぐに穏やかで――それでいて申し訳なさそうな表情を形作った。
「まさか本当に思っていてくれていたなんて。びっくり――」
「自分でも驚いてる。だけど、この気持ちは本当なんだ」
「でも、彼女はどうするの? あんなにも仲良かったのに」
「……彼女とは別れた。ちゃんとケジメは付けたんだ。だから、俺と――」
 真摯な瞳に見つめられ、少女はそれでも首を横に振った。
「――ダメだよ。やっぱりあなたの気持ちには応えられない。ううん、元々私が割り込まなきゃあなたたちが別れるなんて答えを出さなくてすんだのよ。ごめんなさい――」
「そんなことはない! 君がいなくても、俺たちはきっと別れて――」
「そんなこと言わないで。もう、私たちは会わないほうがいいわ。それが一番よ」
 そう言って俯いた少女は、顔を上げるや否や身を翻し――走り去った。
「な!? ま、待って、待ってくれ――!」
 一人残された少年が慌てて追いかけるが、どこかで路地にでも入ってしまったのか、少女の姿はもうどこにもなかった。
 ――急いで携帯に掛けてみるが、繋がらない。
「そ、そんな――」
 少年は呆然と立ち尽くすしかなかった。

 駆け去った少女は辺りを見回し、誰もいないことを確かめてから足を止め、携帯を取り出した。
「――あ、もしもし、私よ。終わったわ。あなたの望み通りに、ね。後はあなた次第。それじゃ、報酬は教えた口座によろしく〜」
 さっきまでとは打って変わって軽い口調で話した少女は、同一人物とは思えないほどに口元に酷薄な笑みを浮かべた。
「あ〜、やだやだ。男も女も碌でもない奴ばっかり。くたばっちまえってのよ」
 焦げ茶の髪を煩わしげに掻き上げ、肩をすくめた――と、再び携帯が鳴った。
「はい、依頼かな? ――そう。で、誰を別れさせてほしいの? この私に――」
 切れ長の、涼やかな目が怪しい光を放った。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
1話 いつもの日常と……

「……でね、そろそろ期末試験でしょ? みんなで勉強会やろうって。高見沢君や穂乃果ちゃんも誘ってやらない? こっちは璃々ちゃんたちも来るから」
「勉強会かぁ。そうだな、みんなでやれば楽しいだろうし、教え合うこともできるか」
「うんっ。じゃあ、いいよね? 璃々ちゃんたちには私から伝えておくから、亮祐君もみんなに言っておいて」
「おっけ」
 亮祐は頷きつつ、お茶を飲み干した。
 いつもの裏庭での昼食。
 二人がここで食事をしていることは周知の事実だったが、邪魔する気もないのか、ほかに人影はない。
 いや、最初のころは出歯亀たたちがチラホラといたのだが、二人のラブラブカップルオーラにやられたのか、今では覗きに来ようとする勇者はいない。
「えへ。みんなで勉強会かあ。楽しみだな。まあ、ちょっと心配事もあるけど……」
「心配事?」
 箸を止めて千尋の顔を見ると、困ったような表情で頷いた。
「うん。私や椿ちゃん、純ちゃんは問題ないけど、璃々ちゃんがね……?」
「あ〜。そういうこと、ね」
 亮祐も千尋の心配の原因に思い当たり、なるほどと頷いた。
 心配事の原因は、言わずもがな英治と璃々。犬猿の仲としか形容の仕様がない二人のいがみ合いである。
 さすがに亮祐と千尋がいるときは自重しているようではあるが、そうでないときはなんやかんやと遣り合っているらしい。
「うん。でも、璃々ちゃんだけ誘わないなんてするつもりないし。亮祐君だって高見沢君誘うでしょ?」
「そりゃあ」
 親友である英治を誘わないなんてあるはずもない。
「でしょ? 亮祐君にとって高見沢君が大切な友達であるのと同じように、私にとって璃々ちゃんは大切な存在なんだ」
「うん。まあ、俺らがいればフォローはできるっしょ。あいつらだって馬鹿じゃないんだし」
「そうだよねー?」
 二人にいがみ合いにも慣れているので、亮祐は気楽に答え、千尋も同意とばかりに頷いた。
 それに、清や瑞穂、椿に純子といった面々もいるはずだから、大事には至らないだろう。
「ま、英治には言っておくよ。喧嘩するなと」
「私も璃々ちゃんに釘刺しとこ。喧嘩しないでねって」
「よし、そんじゃ、日時はまた後で決めるってことで。……ご馳走様でした」
「うん。お粗末さまでした」
 食事を終え、二人はマッタリとお茶を飲む。
 二人にはまったくの問題はないように思われた。
 ……今のところは。


INDEXNEXT
創作小説の間に戻る
TOPに戻る