その階での買い物を済ませ、一階へ降りようとすると、千尋が不思議そうに訊ねてきた。
「ねえ、三階とかには行かないの?」
「三階はCD売り場だ。少々マニアックな物を売ってて、俺の範囲からは外れているんだよ」
「その上は?」
 その質問に、亮祐はニヤッと笑った。
「四階と五階は同人誌売り場。同人誌って、わかる?」
「え、うん。同人誌ってアレだよね。アニメとかゲームとかの作品が好きな人が自分で書いた――何て言うのかな、外伝みたいなやつ?」
「ま、大体合ってる。その作品が好きな人が描いた、二次創作、といったところ。その売り場が上にあるんだ」
 さらにその上の六階は、買取などをしていたりする。
「……行かないの? 私、てっきりそういうのにも興味があるんだと思っていたけど」
 小首を傾げる千尋に、亮祐は意味ありげに笑ってみせた。
「もちろんあるよ? 同人誌は買いたいなと思ってるけど」
「じゃあ何で? 行くなら私は付いていくだけだから、気にしなくてもいいよ?」
「……いいの?」
「え?」
「行っていいのか? 同人誌売り場に?」
 何かを含めるように亮祐は千尋に訊ね、チラッと上に視線を向けた。
「え? え? 何、その意味深な発言? もしかして何かあるの?」
 亮祐の言葉の裏にあるものを感じ取ったのか、千尋は訝しさと不安が半々の眼差しで、天井と亮祐の双方を見ていた。
「あるも何も。同人誌ってさ――」
「同人誌って?」
「18禁の奴が大半なんだよねえ。それでも構わないと言うなら、喜んで俺は行くけど?」
「……え゛!?」
 ピシッ。
 そんな音が聞こえてきそうなくらい、千尋の表情が固まるのを亮祐ははっきりと見た。
 綺麗な目を見開き、滑らかな美肌は強張り、ふっくらとした唇がひび割れる。
 それくらいの勢いで、千尋は制止していた。
「……大丈夫か?」
「…………」
「……フム」
 完全に停止した千尋を捨ておいて、亮祐は上の階へと足を向け――ガシッと肩を掴まれていた。
「何かな、小笠原さん」
「ダメっ! ずぇったいに、ダメ!」
 振り返れば、怖いくらいに表情を変えた千尋がそこにいた。
「復活早いな」
「そんなことはどうでもいいの! そういうとこに行くのは絶対にダメだからね!?」
「へいへい。わかってますよ。いくらなんでも、小笠原さんを連れていくわけには行かないからね」
 肩をすくめ、亮祐は階段を降り始めた。
「ふう。わかってくれればいいの」
「ま、そもそもポイントカード作るときに生年月日書いちゃってるから、レジに持ってったところで買えないんだけどね」
 レジにその辺りの情報も出てしまうらしく、買おうとしても断られてしまうのだ。
「なあんだ。だったら心配することなかったんだ」
 大きく息を吐いて、ほっと胸を撫で下ろしている千尋。亮祐もうんうんと頷いた。
「そうそう。18禁本買うんだったら、年齢確認してない店で買ってるから、問題は――」
 ない、と言い掛けたところで再び肩を強く掴まれた。
「今、すっごく聞き捨てならない台詞を聞いたんだけどな!?」
「気のせいだ、うん!」
「そっかー、気のせいか――って、なわけないでしょ! 買ってるの!? ねえ、買ってるの!?」
「ノーコメント!」
 言い捨て、亮祐は猛然と階段を降りていった。
「あ、待ちなさい、長塚君! ちゃんと説明してー!」

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
17話 男ってそんなもんです

 一階に降りてきて千尋も諦めたらしく、それ以上は追求してこなかった。ただし、ぶつぶつと呟いてはいたが。
「そんなにむくれないでもいいじゃん。男なんだから、それくらいさあ」
「女の子にしてみれば、それでも嫌だよ。しかも、好きな男の子が」
 口を尖らせ、千尋はそっぽを向いた。
「はいはい。んじゃ、外に出るよ」
「あ、うん、わかった。――あれ?」
「どうかした?」
「ねえ、地下もあるみたいだけど……」
 視線の先には地下へと続く階段。壁には『美少女コーナー』の文字が。
「ああ、地下は――」
 行かないほうがいい、と伝える前に。
「美少女コーナーってなんだろ? 可愛い女の子の絵が沢山ある階?」
「その認識は間違っちゃいないけど、さあ……」
 千尋の言う『可愛い女の子の絵』とここで言う『可愛い女の子の絵』は違う意味なのだが。
「ちょっと見てくる。奇麗なイラストとかあるかなー」
「え? あ、ちょっと待っ」
 止める間もなく、千尋は地下へと行ってしまった。
「あちゃー」
 これから起きることを考えると、頭が痛い。亮祐は額に手を当てた。
「いいの、追っかけなくて?」 
「ん?」
 後ろからの声に振り返ると、同年代の女の子がチョイチョイと階段を指差していた。
 どうやら今の遣り取りを聞いたいたらしい。
「いいでしょ。すぐに戻ってくるだろうし。……地下で何を売っているのかがわかったらね」
「ここ初めてでしょ、あの子。ショックでアキバ嫌いにならなきゃいいけど」
「どうだろうね。大丈夫だと思うけど。興味はあるみたいだったし」
「ならいいけど。……あ」
 女の子が顔を階段へ向けたので、亮祐もそちらへ向けると、千尋が真っ赤な顔をしながら凄まじい勢いで駆け上がってくるところだった。
「ああ、戻ってきた戻ってきた。なあ、小笠原さん――」
「――――!!」
 声をかけるも、千尋は何も言わぬまま店を出ていってしまい、さらにその先へと走っていってしまった。
「って、ちょっと!?」
 完全に置いてけぼり。
 亮祐も慌てて店を出た。
「頑張ってねー」
 背後から、笑いを含んだ女の子を声援を受けつつ。


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