家電量販店を出た二人は、今度はとある本屋に入った。
「本屋さん? 今度は漫画でも買うの?」
「まあ、それもあるけど。ここも紹介しておこうかと」
「紹介? 普通の本屋さんと何か違うところでもあるの?」
 首を傾げる千尋に、亮祐は店内を示した。
「そりゃあアキバだもの。普通の本屋とは違うさ。ほら、何か気がつかないか?」
 言われるままに千尋は店内を見回し――「ん?」と首をかしげた。
「……ここ、本の数が少なくない? 建物自体は四、五階あるよね? なのに何で?」
「そ。ここに陳列されてるのは基本的に雑誌とイラスト集、コミックの新刊とラノベの新刊だよ」
「新刊だけ? じゃあ、今までに発売されたやつは?」
「二階。取り敢えず、そっちに行くよ」
「うん」
 二階に上がった亮祐はどう? と示してから奥へと歩いていく。
「わあ……。ここのフロア、全部漫画? すっごーい。見たことのない漫画まであるー」
 初めて見る、漫画専門店の品揃えに千尋が目を輝かせる。
 縦長のフロアに本棚が幾つも並んで隙間なくコミックが詰め込まれ、平積みにされている。
「発行部数の少ない漫画も入荷しているから、品揃えはさすがだよ?」
「ホントだあ。近所の本屋さんとは比べ物にならないね」
 棚の間を回りながら、千尋は色々と物色している。
「そりゃそうだ。ここは専門書店だからな。一般の本屋とは比べものにならないって」
 楽しげに見て回る千尋を眺めつつ、自身も見て回ろうとした、その時。
「あ! あれ、『サプライズ・セレモニー』の一巻の初回限定特装番!? 地元じゃ全く売ってなかったのに!」
 驚きの声を上げ、千尋が本棚の一つに駆け寄る。
「……どうしたよ?」
「あれだよ、あれ! ほら、サプセレの……」
 指差す方へ亮祐が顔を向けると、イラストの描かれたボックスに入った『サプライズ・セレモニー』が数冊、棚に鎮座していた。
「ああ、特装版か。ここじゃ珍しくないけど……。何が付いてるんだ?」
 残念ながら、亮祐はサプライズ・セレモニーを読んでいない。そのため、内容も付録も知りはしない。
「えっとね。作者のイラスト集でしょ、それとドラマCD。二千円超えちゃうから悩んだけど、欲しかったの。イラストが気に入ってるから。でも、近所の本屋じゃ売っていなくて。発売日から結構経っているから諦めてたのに……って、え?」
 ポカン、と呆けた表情で千尋は亮祐を振り返った。形のいい目が大きく見開かれている。
「なんだ、そんなに目ぇ見開いて。少し可愛くなくなってるぞ」
 僅かに、ではあるが。
「今、長塚君、何て言ったの?」
「ん? いや、あまり可愛くない――」
「そうじゃなくて! ううん、それはそれで聞き捨てならない問題発言だけど! それは後でじっくり聞くとして――ほら、珍しくないとか何とか――」
「ああ、それか。確かに言った。ここじゃ特装版とか珍しくないって」
 得心がいって亮祐は頷き、見当を付けて、ヒョイと一冊のコミックを棚から抜き出した。
「ほら、これなんかも初回限定版だ。これはポストカードが付いているやつだけど、他にも色々ある。実際、珍しくないよ、限定版なんか」
「そ、そうなの!?」
「おう。何せ、ここはアキバだよ? それを念頭に置いてほしいね」
 誇らしげに言うと、逆に千尋はがっくりと項垂れた。
「な、何かショック……。あれだけ探しても見つからなかった物が、こうもあっさり見つかるなんて……」
 アキバ恐るべし。
 千尋はそんなことを呟いていた。

〜合縁奇縁ミルフィーユ〜
16話 アキバの洗礼!?

 亮祐は千尋の特装版と自分のコミックをレジへと持っていった。
「これ、お願いします」
「いらっしゃいませ。二つまとめてでのお会計で、よろしいですか?」
 若い男性店員は二冊を素早く確認すると、そう訊ねてきた。
「ああ、そっか。どうする、小笠原さん」
「え? どうって?」
「二つ一緒に会計しちゃうか、別に払うか。ポイントのこともあるし」
「ポイント?」
「購入金額に応じて加算されるポイントだよ。点数が貯まると色々景品がもらえる。申込用紙に名前とか住所書くだけですぐに作れるけど、どうする?」
 背後にいる千尋に訊ねると、店員も援護射撃の営業口上を述べてきた。
「あちらのカウンターで記載していただければ、すぐにお作りできますが――!?」
 顔を動かして、営業用の笑みを浮かべた店員だったが、千尋を目にするやいなや、固まった。
「ええと、どうしよっかな。それって、お金掛かる?」
「いや? むりょ」
「無料です! 一切掛かりません!」
 亮祐に覆い被せるように、店員が力強く答える。
「あ、え、そ、そうですか……」
「どうですか!? お作りしませんか!?」
「は、はあ」
 やけに熱心に勧める店員に、千尋は一歩引き気味になっていた。
「ど、どうしよう、長塚君」
 困った様子で助けを求めて来る千尋に、亮祐は頬を掻いた。
「小笠原さんの自由だよ。有効期限もないし、別に作ってもいいんじゃない」
 ま、ここで買い物をしないのなら作る必要はないけどさ、と付け加える。
「それもそうだね。……ん、私はいいです。今回はやめておきます」
 千尋は断りの言葉を口にした。
「そ、そうですか……」
 辞退した千尋の言葉に、やけにがっかりする店員。
「それじゃ、そういうことで。二冊分のポイントは、俺のカードにまとめて入れてください」
「かしこまりました……」
 ため息を吐きそうな勢いで、無気力的にレジ打ちをしていく店員。
(そんなにあからさまに肩を落とさなくても)
 千尋のような美少女の登場に意気込むのはわかるが、こうまで……。
 なんとなく寂寥感を感じながら会計を済ませ、千尋に声をかけて出口へと向かう。
 レジカウンターからの短い距離の中、亮祐は向けられる視線に内心、ため息をついた。
 実のところ、気にしてもどうしようもないからと平静を装っていたのだが、この店に入ってから店中の視線がが向けられているのだ。無論のこと、向けられる先にいるのは亮祐ではなく、千尋。
 その度合い、間違いなく、全体の八割強。
 残りの二割は? ――さすがに一瞬は向けるものの、すぐに気にも留めずに逸らす連中であり――すなわち。
 完全なる二次元者。


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