あるゲームのジャンルで、千尋が足を止めた。
「これって恋愛ゲーム? でも、いるのは男性……」
「それ、女性向けだよ。男が恋愛対象。主人公は女の子」
イケメンばかりが描かれたパッケージのゲームソフトの手に、千尋が首を傾げているのを見て解説してやる。
「今、そんなのあるんだ」
「結構あるよ? 本来の恋愛ゲームの数には到底及ばないけど」
「長塚君もするの?」
「もちろん。男だったらまずやるね。やらないほうがおかしい。お気に入りの子とかも出てくるし」
当然! とばかりに胸を張る。
それを見て、千尋がむ〜と面白くなさそうに口を尖らせる。
「ま、いっか。ゲームだし……私がリアルだし……」
何かボソボソと呟いていたが、別のゲームを手に取った。
「恋愛系以外は? やらないの?」
今度はパッケージに剣を掲げた少年が描かれたゲームソフトを手にした千尋。
「まさか。やるやる。主に俺がやるのはRPG、アドベンチャー、シュミレーションかな。格闘系とアクションはちょいと苦手だ」
「どう違うの、それ?」
ジャンルの違いがわからないらしく、千尋は怪訝な顔を見せた。
「ああ、それは――」
説明をしつつ、フロアを回る二人。様々なジャンルにハード――ゲーム機の違い――果ては携帯ゲーム機までも説明する。
「すっごいたくさんああるんだね。全然わからないや」
私だって少しはゲームするのに、と呟く千尋。
「やるのはどんなやつ?」
「ええとね、勇者が魔王を倒すっていう感じのやつ? ドラクエVみたいな」
「RPGか」
初心者がプレイする物として、王道といえば王道である。
「でもね、途中でやめちゃったんだよね」
「なにぃ? 何でよ?」
聞き捨てならず、亮祐は千尋に顔を近づけた。
プレイが中断することは決して珍しいことではないが、千尋の言い方だと放り投げたように聞こえたのだ。
「レベル上げが面倒くさくなっちゃって」
「ゲームやる資格ねえー!」
中断してしまうのは仕方ないが、『レベル上げが面倒くさくなったから』とは! その理由は看過できない。
「今からでもいいからちゃんとクリアしなさい!」
ビシッと指を千尋に突きつけ、厳命した。
「ええ!? そんな!」
亮祐の命令に、困惑というか、ショックを受けたらしい千尋。よろ、とよろめき、頭を抱えた。
「いや、そこまでショック受けんでも」
「う〜。わかったよぉ。頑張ってクリアする」
悲壮な決意を決めた様子で、千尋は拳を握った。
「……無理すんな」
「大丈夫、頑張るから。……頑張るったら頑張るもん!」
千尋は意地になったらしく、強い口調でしっかりと言いきった。
「わかったわかった。頑張れよ。んじゃ移動するか。ここでの用はもう済ましたし」
笑いを噛み殺しつつ、亮祐は手を振った。
予約をすることが目的だったので、もうこの店ですることはない。亮祐は千尋を促し、エレベーターへ移動した時、袖を掴まれた。
「ん? どうかした?」
「長塚君の用は終わったんだよね? ちょっと私に付き合ってもらっていい? 寄りたい階があるんだけど」
「へえ、いいよ。何階?」
訊ねると、千尋はスッと綺麗な指で、ある階を示した。
「6階」
〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
15話 ゲームとドライヤー
今度は千尋に連れられる形で、6階フロアのあるコーナーに来ていた。
「……ドライヤー?」
「うん。私が使ってるの、ちょうど壊れてるんだ。だから」
「ふーん」
千尋が見ているのはマイナスイオンが放出されるドライヤー。髪に優しい設計で、潤いも与えてくれるらしい。
「これなんかいいなあ……。あ、でもちょっと高い。お小遣いじゃ無理か……。こっちは……」
ヘアケアもファッションの一部だからか、熱心にドライヤーを品定めする千尋。しかし、亮祐はそんなことに興味はないので、一歩下がったところで千尋を見ているだけだった。
(どれも一緒のような気がするけどなあ)
さすがに髪にダメージを与えることなく乾かすことのできるマイナスイオンとかはわかる。が、それを出せる商品は幾つもあるのだから、何を悩むことがあるのか、よくわからない。
「うん、これとこれ……。この二つかな、判断して」
目星はついたらしく、二つのドライヤーを手にして、千尋は振り返った。
「決まったの?」
欠伸を噛み殺しつつ、亮祐はドライヤーを交互に見た。
「うんっ。……と言っても、今日は値段とか性能とかを確認するだけで、買いはしないだけど」
「しないの!?」
てっきり買うものとばかり思っていたので、目を丸くする。
「うん。だって、今日は長塚君とのデートで来たんだよ? ドライヤーを買いに来たわけじゃないし」
「……俺はゲームの予約をしたけどな? 元々はそれが目的だったんだぞ、今日は?」
「いいんだよ、長塚君は。デートだけど、今日は長塚君のことを知るためでもあるんだし、私にとってはそれが一番大切なんだから」
「……小笠原さんがそれでいいと言うのなら、俺は何も言わないよ」
「うん、それでいいよ。じゃ、私はもういいから、行こっ」
ドライヤーを元の場所に戻すと、トコトコとエレベーターに向かう千尋の後を亮祐は小さく肩をすくめてから追いかけた。