差し出された弁当箱の蓋を開けると、ぶりの照り焼きやアスパラのベーコン巻き、ほうれん草の胡麻和えなどが綺麗に詰められていた。
「これまた美味そうな」
「ありがと。今日は全部私が作ったんだよ。正真正銘、私の手作り」
 嬉しそうに言う千尋を思わず拝む。
「ははー。ありがたく頂きます」
「うむ、苦しゅうない。食べるがよい」
 悪乗りする亮祐に、偉そうに胸を張る千尋。
 どうやら千尋は結構ノリがいいらしい。
 今日は昨日以上に、気兼ねなく食事ができそうな感じだった。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
13話 昼の(恐らく)日常風景

「しかしさ、二日連続となるとあの三人に何か言われない?」
 いきなり仲良しの一人がほかで食べると言い出したら変に思っても不思議ではなく、むしろ疑問に思って当然だろう。
「うん、そうなんだよね。璃々ちゃんなんて唖然としていたし……。椿ちゃんはなんとなく察しているみたいだけど。純ちゃんも気づいてるかも」
 アスパラを三口くらいかけて食べていた千尋が眉根を寄せていた。
「……俺と食べてるって気がついているってこと?」
 亮祐は眉をしかめた。
 そうだとするとちょっとまずい。何を言われるかわかったもんじゃない。
「ううん、そこまでは。ただ、誰か男の子とお昼を食べてるってことは感づいていると思う。椿ちゃんがニヤニヤ笑うしねえ」
「まあ、詮索されても仕方ねえわなあ。……ところで、椿とか璃々って誰だ? あの三人組なのはわかるけど」
「あ、椿ちゃんていうのは本田椿。ちょっと化粧の派手な子だよ。私たちの中で一番遊んでる子かな。その分、こういったことには聡いんだ。純ちゃんは住友純子。ほら、眼鏡を掛けた文学少女みたいな。一番無口だけど、結構性格はキツイよ?」
「それと、南雲璃々ってのがリーダーだろ?小笠原さんに心酔してるって聞いたぞ?」
「あ〜。何でかわからないけどね」
 首を傾げ、「本当に何でだろ」と呟く千尋。確かに、千尋はカリスマ性があるとかそういうタイプではない。誰もが振り返るだろうということを除けば、ごく普通の女の子だ。
 と、いうことは。
「可愛い女の子が好きなんじゃないのか? 同性愛とはそこまでは行かなくてもさ」
「う〜ん。そうかもしれない……のかな? でも、どうしてそう思うの?」
「ゲームやアニメにもそういうキャラは結構出てくるから。妙な母性愛を持ったのが」
 あるキャラを攻略しようとすると件のそのキャラとの絡みが多くなり、シナリオやイベントに厚みを持たせることができるわけで、場合によっては正規のヒロインよりもそのキャラのほうが人気が出てしまう、ということも間々ある。
「母性愛か。似ているような似ていないよーな?」
 真剣に悩み始めた感のある千尋を、亮祐は手で制した。
「そこまで悩まなくても。飯食う時間がなくなるぞ」
「あ、うん。……ところでさ」
「何?」
 再び食べ始めたも束の間、今度は千尋が先ほどの質問をしてきた。
「長塚君のほうは大丈夫なの? こっちに出てきて」
「英治の奴には怪訝な顔されてるけど。小笠原さんと昼飯を食ってるってことまではバレてないよ」
 もしバレてたらそれこそ大騒ぎだ。そして、「俺も混ぜろ!」と言うに違いない。
 英治はそういう男である。
「そっか。でも、それでほっとしたのと残念なのが半々」
「なぜに」
「だって。バレちゃえば、これからは堂々とできるじゃない」
「……やめてくれ。俺が学校中から狙われる」
 大袈裟や比喩などではなく、本当に狙われる可能性が高いから、始末に終えない。
「え〜? 大袈裟だよぉ」
 千尋も大袈裟と取り、クスッと微笑んだ。
「全然大袈裟じゃねえっての」
 わかってねえ、と胸中で思いつつ、亮祐は箸を動かす手を止めた。
「今はそれよりも。小笠原さん、今度の日曜日、暇か?」
「え? 日曜日?」
「そ。日曜日に、もし時間が空いてたら、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
 その言葉に千尋は目を丸くし、恐る恐るといった感じで訊いてきた。
「それって、もしかして……デートのお誘い?」
「……そこまでのもんじゃないけど、誘っているのは合ってる」
「…………!」
「ま、他に用事があるなら別に――」
「行く!」
 亮祐の言葉を途中で遮り、千尋は身を乗り出すようにして言った。
「行くよ、行く! 絶対に行く!」
「そ、そうか。そりゃよかった。でも、そんなに期待しないでな。ある場所につれて行きたいだけだから」
「そんなの関係ないよ。長塚君と一緒に行くってのが大事なの」
 千尋はそう言うと携帯を取り出し、スケジューラーに予定を打ち込み始めた。
「えっと。今日は水曜だから……うん、これでよし。後で手帳にも書いておかなくちゃ」
「なら、OKてことでいい?」
「うん!」
 亮祐の誘いに、千尋は嬉そうに頷いた。
「それじゃ決まりで」
「わかった。それで、どこに行くの?」
 その問いに、亮祐はニヤリと笑った。
「俺はオタクですぜ、姐さん。俺が誘うといったら一つしかないでしょ」
「え? それって……」
「秋葉原。俺を知ってもらうにはそれが一番手っ取り早い」
 そして、最後のアスパラを口に放り込んだ。


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