一緒に戻ると何かと勘繰られる可能性が高いため、校舎に入る前に別れることにした。
「弁当ありがと。美味かったよ」
「うん。明日も作ってくるから、お昼に裏庭でね」
 トートバッグを軽く振る千尋に、首をかしげる。
「それはありがたいけど。いいの、明日も作ってもらって?」
「もちろんっ。えへへ。点数稼いで、少しでも好意を持ってもらわないとねー」
「やっぱり計算高いな、おい?」
「好きな男の子と付き合えるかどうかの勝負なんだから、できることなら何でもするよ?」
 千尋の力強い笑み。それは女性特有の柔らかな強さ。
「どんどん不利になっていく気がするな、俺」
 千尋に毎日弁当を作ってもらっていたら、間違いなく陥落するだろう。
(こりゃ、対策練らんと)
 しかし、それが思い付くかは甚だ疑問であったりして。
「私は負けないからね!」
 最後にそれだけを言い、校内一の美少女は手を振り振り、小走りに走り去っていった。
「……強ええ」
 ――恋する乙女は強い。
 そんな言葉が脳裏に浮かんでは消えた。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
12話 黒幕は――ママさん!?

 亮祐が自室でライトノベルを読み耽っているところに、携帯が着信を知らせた。
「……小笠原さんか」
 ディスプレイに『小笠原千尋』と表示されているのを確かめてからボタンを押した。
『あ、今晩は。今、大丈夫?』
「ああ、平気。で、どうかした?」
『うんとね。訊きたいことがあって』
「何?」
 千尋は「メールでもよかったんだけどね」と前置きしてから切り出してきた。
『長塚君の好きな物と嫌いな物を教えてもらおうと思って』
「……毒のある生き物と、怪談とか幽霊とかが苦手だけど?」
『ちっがぁーう! わざとやっているでしょう!? 私が知りたいのは、食べ物の好き嫌い!』
「だったら最初からそう言ってくれれば。ちゃんと答えたのに」
 紛らわしいことを言うからとからかうと、 電話口の向こうからムッとする気配が伝わってきた。
『長塚君の馬鹿! 普通、女の子からこういった電話が掛かってきたら、食べ物のことだって気づいてよ! 今日だってお昼も一緒に食べたんだし!』
「そんな女の子の気持ちの機微なんて、オタクで朴念仁の俺にはとてもとても」
『そういう言い方するってことは、わかってるんじゃない! わかっててからかってるんでしょうがっ』
「……チッ」
 バレたらしい。
 さすがに亮祐だってそこまで鈍感ではない。アニメや漫画の主人公ではないのだから。
 亮祐の(あからさまな)舌打ちはちゃんと向こうにも伝わったらしい。千尋が爆発しかけたのがわかった。
『バカバカバカ! もういいから、早く教えて! 物によっては、急いで準備しないといけないんだからね!?』
「はいはい。まあ嫌いなものは殆どないんだけど。強いてあげるならそうだなー、中華丼とか、寿司の雲丹とかが苦手だな」
 あれはどうも、白飯と合わない気がしてならない。
『お弁当には使いづらいラインナップね……。じゃあ好きな物は?』
「美味いもの」
『…………』
 即答すると、何とも言えない沈黙が帰ってきた。
「あれ……?」
『ちゃんとこ・た・え・て・ね?』
 千尋の声には妙な迫力が。
「わ、わかった」
 何だか逆らってはいけない気がして、亮祐はロボットのように頷いた。
『それで、長塚君の好きな物はなあに?』
「今日食べたエビフライとか、鶏のから揚げとか、ぶりの照り焼きとか。やっぱり肉と魚が好きかな」
『長塚君も男の子だね、やっぱり。お肉とお魚なんて。でも、そうするとバランスが崩れちゃうなあ……。ねえ、お野菜は嫌いなの?』
「いんや? そんなことはないよ。ただ肉と野菜、どっちが好きかと訊かれたら、肉になるってことだよ」
『そっかあ……』
 うんうんと頷く千尋の気配。ややあって、カリカリと何か物に書きつける音が聞こえてきた。
「……何してんの?」
「ん? 明日の献立を書いてるの。寝る前に書いておかないと。明日になってからじゃ遅いし、いきなり組み立てられるほど慣れてないから」
「頑張ってんだな。ちょっと驚いた」
『そお? 長塚君のためだもん、平気だよ』
「そういうことさらっと言わんでくれ……」
 あっけらかんと、さも当然というふうに言われるとかなり気恥ずかしい。
『……実を言うとね、私もちょっとだけ恥ずかしい』
 千尋までそんなことを言ってきた。
「だったら言うな!?」
『だってママが』
「アグレッシブママがどうしたい」
『人の母親に変なあだ名付けないでよ。――好きって気持ちを常に見せつけろって。言葉を態度で見せていけ――て』
「アグレッシブママの入れ知恵かよ!?」
 思わず大声でツッコミが入る。
 まさか、これが全てママさんの策略だとは恐れいる。
 もしかしたら、最初からママさんの手の平の上なのかも知れない。
『だから変なあだ名付けないでってば。とにかく明日もお弁当作っていくから、楽しみにしててね』
「その点に関しては期待しておくよ」
 それについては不安になる必要などはない。千尋の手料理なぞ、食べたくてもおいそれとたべられるものではないのだから。
『ん♪ じゃ、明日、裏庭でね』
「わかった。で、ママさんには変な入れ知恵つけるなと言っておいてくれ」
『あはは、わかったよ。言っとく』
「そうしてくれ。――お休み」
『うん、お休みなさい』
 電話を切り、亮祐は少しだけ携帯を見つめ苦笑した。
(今の会話――聞く奴が聞いたら……) 
 じゃれあっているようにしか聞こえなかったのではないだろうか。
 もう一つ、気が付いたことがある。
 千尋との会話を、楽しんでいる自分がいることに。


BACKINDEXNEXT
創作取設の間に戻る
TOPに戻る