私が彼女と出会ったのは、高校の入学式後のホームルーム。
自己紹介する彼女を見て、一瞬にして目を奪われた。
いや、奪われたのは私だけじゃない。
クラス中が、男女問わず、教師までもが彼女に惹き付けられた。
朱鷺之宮高校随一と言っても過言ではない美少女――小笠原千尋に。
〜合縁奇縁のミルフィーユ 〜
Another side view
2話 私と彼女
小笠原さんと同じクラスになれた幸運を神に感謝しつつ、仲良くなるための行動を開始した。
積極的に話しかけ、好みの話題を探し、遊びに誘い、勉強をともに考え――入学から一月が経過した頃には、私と小笠原さんは休日を一緒に過ごすほどになっていた。
美人だから性格に難あり――などということは全くなく、むしろよく気の付く、優しい女の子。
いつの間にやら同じように仲良くなっていた、本田椿や住友純子と行動することが多くなり、それが当たり前になっていった。
小笠原さんと一緒に過ごすのはとても楽しかった。
彼女の一挙手一投足が琴線に響き、同じ時間を共有している――ただそれだけで心が満たされていくのを常に自覚していた。
それほどまでに魅力的な彼女だから、モテるのは至極当然。
当然だとは思っていた。思ってはいたけど――予想の範疇を遥かに超えていた。
毎日の下駄箱のラブレターは平均10通以上。
放課後の呼び出し告白コンボは日課となり。
通学路の待ち伏せは半ばストーカーと化し。
他校生の告白は一種のイベントとなっていた。
私は適当にあしらっていればいいと思っていたのだけど、心優しい彼女は全てに正面から向き合って、断っていた。
その度に辛そうにしている小笠原さんに、できることは「気にしないでいい」「振られることも覚悟の上の告白だから」「あなたは悪くない」――ありきたりな言葉で慰める程度だった。
その一方で、私は小笠原さんが告白の全てを断っていることにほっとしていた。
彼女に恋人ができるということは考えたくなかった。ずっと側で笑っていたかった。
いつかは彼女の笑顔を独占する男が現れるのだということはわかっていても、今は、その笑顔をこちらへと向けていてほしかった。
確かに、この気持ちは恋愛感情に近かったのかもしれない。
私に同性愛の気は全くないのだけれども。
――長塚亮祐という名前を聞いたのはそれから間もなく。
アニメオタクなそいつが小笠原さんのことを話していたと言うだけで腹が立った。アニメオタクはアニメオタクらしく、二次元にだけ目を向けていればないいのにと、心底思った。
【ラブレター事件】を起こしたときも全く心は痛まず、むしろ爽快だった。
椿や純子はもちろん、小笠原さんも喜んでくれるだろう――そう高を括っていた。
それが全くの逆効果で、彼女を苦しめただけだったなんて夢にも思わなかった。
それは、今でも悪いと思っている。この先、ずっと思い続けるだろう。(小笠原さんはもう笑って「亮祐君は気にしてないよー?」と言ってくれるけど、長塚なんてどうでもいい)
それからしばらくは平穏な日々が続いていた――と思っていた。高校三年間、小笠原さんや椿、純子と一緒に楽しく過ごしていくのだと。
そう信じていた。
だから、小笠原さんが長塚と一緒に昼食を摂っていると聞いた時の衝撃は、今でも忘れられない。確かに、ここ最近、小笠原さんが「先約があるから」「ちょっと、ね?」とはにかみつつ教室を出て行き、私たちとお昼を摂ってくれないことが続いたから、変だな、とは思っていた。
椿が「ちっひーにも春が来たかあ」なんて笑っていたけれど、そんなわけがないと、小笠原さんが私たちに黙って男と食事をするなんて、考えたくもなかった。
けれど。
事実は私が見たくない方向で進んでいたのだ。
彼女を問い詰めても「好きなの」と一言。
私がいくら長塚はオタクだからと説得しても聞く耳は持ってもらえず、それどころか椿や純子まで応援する始末。
憤懣やるかたない私は少し距離を置くことにした。すぐに興味を失うに違いないと確信していたから。
だけど確信に反し、小笠原さんは長塚への恋慕の情を失うどころか、日を追うごとに想いを募らせ、その距離もどんどんと縮まっていった。
その姿を私はただ見ているだけしかできなかった。何度彼女に長塚と付き合うのはやめたほうがいいと言いそうになったろう。
きっと、周囲から嫌がらせとかをされるだろうから。
長塚の姿を見るたび、小笠原さんを誑かすなと怒鳴り込みに行きそうになったろう。
だけど、行けるわけがなかった。
あんな――私たちにすら見せたことのないような大輪の花の笑顔をされたら。
本当に長塚亮祐のことが好きなのだと。
悔しいけれど認めざるを得なかった。
恋をしてどんどん綺麗になっていく小笠原さん。【恋する女は綺麗になる】と言うが、本当なのだと変なところで感心したりもしていた。
が――。
懸念していたことが起きた。
長塚やその友人たちが嫌がらせを受け出したのだ。
私は気が気ではなかった。いつその矛先が小笠原さんに向けられるのかと。実際は向けられることはなかったが、もし彼女にまで被害が及んだら、私は及ぼした連中を一生許さなかっただろう。
そして、私は僅かばかりの期待感も持っていた。
長塚への、期待感を。
矛盾していると思うだろう。確かに、私自身も矛盾していると思う。嫌いなはずの長塚(今でも嫌いだ、はっきり言って)に期待するなんて。だけど仕方がない。
間違いなく、私は長塚に期待をしていたのだから。
そんな嫌がらせなどに負けずに、小笠原さんの笑顔を守り続けてくれることを。
だけど、結局その期待も虚しく。
長塚は負け、小笠原さんから笑顔を奪うことになった。
それを聞いた私は心底イラついた。
そんな下らないことで彼女を手放すなんて愚かとしか思えなかった。
長塚に対して失望もした。やはり、小笠原さんには相応しくない男だったのだと。
そこに付け込んできた田坂先輩のことで、私の不安は一気に膨らんだ。椿はむしろ煽るし、純子は我関せずみたいな態度で、そのことも不安を大きくした。
それが頂点に達しようとしたとき、長塚が動いた。
本当にギリギリのタイミング。数瞬遅かったら、小笠原さんは田坂先輩の餌食になっていたに違いない。それくらいギリギリだったのだから。
――全く。
危機を乗り越えた二人だから私も認めているけれど、また泣かすようなことがあったら今度こそ許すつもりはない。
不安と期待と嫉妬と一抹の寂寥感と。
いくつもの感情が未だ胸をざわめかせるけど、上手く付き合っていこう。
それが私なのだし。
――いいこと長塚!?
付き合いは認めてあげるけど、小笠原さんに不埒な真似をしたらただではおかないからね! 彼女は清純で清楚で天使みたいな子なんだから、そこのところ理解してるわね!?
え、何、小笠原さん?
「私はしてくれても構わないんだけどなあ……」って!?
ダメ、そんなのダメに決まっているでしょ!
長塚! 鼻の下を伸ばすんじゃなああああい!