私が最初に彼と出会ったのは、街中の書店だった。
 手の届かない場所にあった本を取ってくれたのだけれど、ただその時は「親切な人だな」と思っただけだった。
 それが翌日、校内で彼を見かけた。
 本屋で一緒だったのは一分にも満たなかったというのに、すぐのあの時の彼だとわかった。
 それから――私の目は彼を姿を目聡く見つけるようになった。
 そして、見かけるたびに胸に微かな痛みと高鳴る鼓動を覚え、段々と強く、確かなものへと変化していった。
 まだその時は、この高鳴りがなんなのか――理解できていなかった。
 ある時、彼の笑顔を見る機会があった。
 友人――(今では高見沢君だとわかる)と何か話していて、笑い声を上げたのだ。
 楽しそうに笑う彼――長塚君の笑顔を目にした途端、私の胸の鼓動が一際大きく高鳴って。我知らず、顔が赤くなっていくのを自覚した。
 ――恋を知った瞬間だった。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
Another side view
1話 私と彼


 私はよくモテた。
 小学生の頃はそんなことはなかったのだけれど、中学に上がってから急に告白されたり、言い寄られたりすることが多くなった。
 思い返すと、ちょうど第二次性徴が始まった辺りからだったと思う。
 ママやパパにも『女の子らしくなってきた』と言われ始めた頃だったから。
 でも――私は複雑だった。
 確かに女の子らしい身体つきになってきて、胸とかも大きくなっていくのは正直嬉しかった。大きい胸には今でも憧れるし(純ちゃんほどとは言わないけれど、璃々ちゃんくらいになりたいなあと思う)、メリハリのあるスタイルを目指したいと思う。
 でも――でも。
 特に好感を抱いていない人たちから告白を何回となくされるのは、そして、それを断るのは苦痛だった。私に好意を抱いてくれたのだから、有り難いとは思う。
 思うけれど、私は同じ感情は持ち合わせていない。持ち合わせていないからこそ、勇気を出して告白してくれた人たちに断りの文言を告げるのは、辛かった。
 頬を上気させ、緊張している人たちの全てが凍りつき、一瞬にして絶望に叩き込まれたような、あの表情。
 何度体験しても慣れることのない、あの感覚。
 その原因は私――そう思うと、いたたまれなかった。
 例え、仕方のないことだったとしても。
 それに、私へ向けられる好奇の視線。
 年頃の男の子たちだから、女の子をそういう目で見てしまうのは多少は仕方ないと思う。
 私たちだって、男の子をそういう目で見ることもあるのだから。
 けれど。
 舐めるような目で見るのはやめてほしかった。けど、それは口に出したくても出せななかった。
『自意識過剰』と思われるのが怖かったから。
 だからか、私は中学生時代、誰も好きにはならなかった。誰かを好きになることが怖かったのだと思う。周りから【不沈戦艦】なんて揶揄されたりもしたけれど、満足してた。
 誰も傷つけることも、傷つくこともないのだから。
 
 高校に進学し、入学して一月も経たない内に中学の時と同じ状況になって、心底うんざりしていた。鬱陶しいとか、面倒くさいとかは思わないけれど、そっとしておいてほしいと思うことは間々あった。
 そんな時だった。長塚君に出会ったのは。
 何故そこまで長塚君に惹かれたのか。理由ははっきりしてる。
 彼は、全く下心のない人だったから。
 勉強とか、学校生活において私を手助けしてくれた人のほぼ100%が、何かしらの下心を持っていた。助けてくれたのは確かにありがとうとは思う。
 けれど、交換条件のように放課後一緒に帰ろうとか、デートとかに誘ってくるのは不快以外の何物でもなかった。酷い人になると、「手伝ってやったんだから、俺と付き合えよ」とまで言ってきた。
 学校でも、それ以外でもそういう人は多かった。
 そんなことばかりだったから、何も言わずに手助けだけしてくれた長塚君に好感を抱いたことは当然だと思う。はっきりと感じたのは、昇降口ですれ違ったとき。
 肩をすくめた長塚君が、凄い新鮮だった。こんな人もいるんだ、と。
 それが好感から好意へ、好意から恋愛感情になり、恋愛感情から愛情へ――段々と気持ちが育っていった。
 今では、愛情が溢れそうなくらいになっているけれど。
 
 だから、あの嫌がらせでしばらく一緒にいられなかった期間は、本当に辛かった。
 彼が悪いわけじゃない、私が悪いわけでもない。
 それなのに一緒にいることができず、一日ごとに大好きな彼と距離が離れて行くのを感じて――毎日泣いていた。
 田坂先輩が割り込んできていたとき、本当に流されてもいいかという気持ちはあった。
 だけど、ギリギリのところで長塚君が来てくれて。
 謝ってくれて、もう一度始めようと言ってくれて。
 後夜祭で私がもう一度告白して、長塚君もしっかりと告白してくれて。
 ようやくカップルになれて。
 私――小笠原千尋は。
 これ以上ない幸せを得ることが出来たのだ。

 周りからよく訊かれることがある。
「彼には一目惚れなの?」と。
 私はこう答える。
「違うよ」と。
 私は決して長塚君に一目惚れはしていない。彼を見かけるたびに段々と好きになっていったのだから。それは【一目惚れ】とは言わないだろう。
 私は今でも――長塚君への想いを育て続けている。晴れて彼女となった今でも。
 ミルフィーユのように、愛情の葉っぱを一枚づつ重ね続けてる。
 だから、私は彼と過ごすたびにこう言うのだ。
「亮祐君、大好きだよ!」
 ――と。


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